バルチック・ジャーニー (1) - バルトの一国リトアニアと、ロシア領の飛地カリーニングラードへ -

[ 1 ] [ 2 ] [ 3 ] [ 4 ] [Photo]

モスクワには空港が3つある。北のシェレメチェヴォ、南のドモジェドヴォ、そして西方に位置するヴヌーコヴォである。
今回はそのヴヌーコヴォ発にこだわった。ヴヌーコヴォの出国印を押されたいのが理由だった。しかしマイナー国境の出入国印で嬉しくなるのは自分だけではないはずだ(と思う)。
ヴヌーコヴォ行きのアエロエクスプレスはキエフ駅から出発する。職場の先輩で、今回の同行者でもあるY氏とはキエフ駅で待ち合わせる予定だったが、たまたま行きの地下鉄の車内で遭遇した。
他の2空港に比べ、ヴヌーコヴォ行きのエクスプレスは本数が少なく、それだけ利用者も少ないということなのだろうが、この日ばかりは出張で良く飛行機を利用するY氏をして「こんなに混んでいるのを見たことがない」と言わしめるほどの人出だった。チェックインカウンターも混んでいたし、パスポートコントロールも人を捌き切れていなかった。やはり連休初日である。
もう一つ驚いたのは、新装なったターミナルビルである。ヴヌーコヴォを利用するのはこれが初めてではなく、5年前のシベリア横断のとき、ここから帰路ウラジオストクへ戻ったのだ。当時の素っ気なく薄暗い建物が、まるで別の明るく綺麗なターミナルに生まれ変わっていた。
パスポートコントロールとセキュリティチェックを無事通過し、旅の無事を祈念して乾杯した(Y氏は飲めないので、自分だけビール)あと、ヴィリニュス行き11:40発のUTAir707便に乗り込んだ。ATR-72という機材名は耳慣れなかったが、プロペラ機と見て初めて知った。エンジンとプロペラの音を元気良く響かせ、機体は一路西へと飛び立った。
ヴィリニュスまでは約2時間のフライトで、ドリンクを飲み干し、機内食を平らげると、間もなく着陸態勢に入った。着陸直前、右手に赤い屋根の建物が立ち並ぶ一角が見え、旧市街だろうと一目で分かった。一体どんな街並みが広がっているのだろう。
パスポートコントロールも二、三質問されただけで難なく通過し、リトアニア入国を果たした。台湾を国とみなすならば、私にとって記念すべき10ヶ国の訪問国となった。
さてリトアニアである。かつてソ連の一部を形成したが、エストニア・ラトビアとともにいち早く独立を宣言したバルト三国の一国であり、今はEUに加盟している。ロシアとヨーロッパの境界であるこの付近の国々には、どの国にも様々な歴史(必ずしも良い過去とは限らない)があることを、ロシアに来て改めて良く知ることになった。まだまだ勉強が足りない。
EUなのだからとユーロのキャッシュを用意してきたのだが、Y氏に「ユーロ圏外だよ」と言われて、慌ててATMでリトアニアの通貨リタスを引き出した。やはり勉強が足りない。
ターミナル前から出る路線バスに乗り、まずは鉄道駅を目指した。Y氏も自分もリトアニアのガイドブックなど持っておらず、全てが現地調査だった。ともかく街の中心に出なければ話が始まらない。
20分ほどで鉄道駅に着いた。時間的にもちょうど良かったので、まずは余計な荷物を置きに宿にチェックインすることにした。住所だけを頼りに捜し歩き、かなり回り道をしてしまったが、30分ほどで無事チェックインできた。
カウンターの女性は英語よりロシア語の方が得意であるらしい。街の表示からはほとんど姿を消しているが、依然としてロシア語の存在感は大きいようだ。Wikipediaによれば、新たに外国語としてロシア語を学んでいる人も多いという。
この後訪れる街でも事情は凡そ同じだった。そういうわけで、コミュニケーションの多くをロシア語堪能なY氏に任せ切りにすることになってしまった。
チェックインを済ませて、身軽な格好で再び外へ出た。色とりどりの洒落た建物が並ぶ一方、見慣れたソ連様式のアパートも少なからず残っていて、この街が辿った歴史を垣間見れた。
夜明けの門をくぐると、東欧最大にして世界遺産にも登録されている旧市街が広がっている。もっとも夜明けの門が旧市街の入口というわけではなく、旧市街に明確な境界(城壁など)はない。かつて9つ設けられた門のうち、唯一残ったのが夜明けの門である。
旧市街は古い街並みを楽しむ観光名所というだけではなく、ヴィリニュス市民の憩いの場でもあるらしい。通りにはカフェがいくつもあり、人々がテラスで食事や雑談に興じながら日曜日の昼下がりを楽しんでいた。
ナポレオンが装飾の美しさに惚れ込んだという、聖アンナ教会に着いた頃、急に雲行きが怪しくなり、すぐに雨が降り始めた。先ほどまでの暑いくらいの晴天に合わせてTシャツ一枚で出てきたため、寒いくらいになってしまった。たまらず近くのカフェに避難した。
その後も雨は降ったり止んだりを繰り返し、雨足が強まるたびに雨宿りのため足止めを食う羽目になった。
それでも辛抱強く待っていると、やがて雨が止んだ。これはチャンスとばかりに丘を駆け上ると、片方に旧市街、片方に近代的な高層ビルが立ち並ぶ新市街を臨むことができ、そして丘の頂上にはゲティミナス塔が聳える。かつてはヴィリニュスの街を守る砦の役割を果たしていたというが、今では旧市街と新市街とを隔てるランドマークといったところだろうか。
前後してしまったが、丘の麓に建つ大聖堂も、ヴィリニュスのシンボルと言ってよい建物である。
本当は新市街まで足を伸ばしたかったのだが、日が暮れるにつれて気温がどんどん下がってきたこともあり、引き返して旧市街のレストランで夕食を取った。せっかくだからリトアニアらしいものを食べようと、リトアニア料理のレストランに入る。何が美味しそうかな…とメニューを見ていたら、 "A little bit of everything - set of Lithuanian dishes (for 2 persons)" という、まさに天から降ってきたとでも言うべき、おあつらえ向きのメニューを見つけた。リトアニアビールの利き酒セット(?)もあった。物見遊山の観光客としては、何も考えずに全部飲み食いできるのが嬉しい。
リトアニアもヨーロッパの多分に漏れず、ジャガイモ料理がメインであるらしいが、ジャガイモのパンケーキはもっちりした独特の食感(片栗?)があって面白かった。
たらふく食べて、タクシーで宿に帰った。ひたすら歩き回ったこともあって疲れたが、心地良い疲れだ。

[ 1 ] [ 2 ] [ 3 ] [ 4 ] [Photo]


Homepage >> Travel >> バルチック・ジャーニー