黄金の環 - ロシアの田舎町スーズダリと、古都ウラジーミル -

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モスクワからは各方面に鉄道が伸び、起点駅はその行先の名で呼ばれる。例えばサンクトペテルブルグ行きであればレニングラード駅、キエフ行きであればキエフ駅、ベラルーシ行きはベラルーシ駅といった塩梅だ。 クールスク駅もまた、クールスクへの鉄路の始まりである。もっともクールスク自体はモスクワの真南にあるのだが、駅はクレムリンから見て東側にある。どういうわけかは分からない。
余談はさておき、ここクールスク駅からニジニ・ノヴゴロド(ここも東部の都市である)行きの高速列車「サプサン」(ロシア語で隼の意)が走っている。ロシア版新幹線とでもいうべきこの列車は、まずモスクワ−サンクトペテルブルグの大幹線に投入され、ニジニ・ノヴゴロド行きは続いての第二弾である。
リトアニアで道中を共にしたY氏とともに、朝早い6:45発の列車に乗る。前日に慌ててチケットを取ろうとしたものの、あいにく混雑していて一等車を取る羽目になった。ところがこの一等車のサービスが素晴らしく、幅広い座席に加え、ウェルカムドリンク、更には朝食まで出された。お値段は張ったが、二人揃ってテンションが上がったことは言うまでもない。
ドイツのICE3をベースに設計されたシーメンス製の車両は乗り心地も素晴らしく、滑らかに加速し、最高速に達しても振動や騒音を全く感じなかった。ニジニ・ノヴゴロド行きの速度は160km程度に抑えられているのだが、サンクト行きは現在でも250kmを出しており、将来的には330kmまで引き上げる計画があるという。それを可能とするのも、ロシア鉄道の頑強なインフラがあってこそだと思う。
モスクワから1時間45分、次の停車駅であるウラジーミルで下車したが、願わくばもっと長く乗っていたかった。
ウラジーミルはモスクワから170kmほど離れた町である。またこの駅は、ウラジオストクからモスクワ行き「ロシア号」の最後の停車駅で、かつてホームに降り立ったことがあった。1週間の列車の旅の末、いよいよモスクワに着くと、感慨深い思いに浸ったのを覚えている。
ウラジーミル探訪は後に回すことにして、目的地への道を急ぐことにし、駅前のバスターミナルからすぐに路線バスに乗った。
時間にしておよそ45分、距離にして35kmのところにあるのがスーズダリである。町の外れにあるバスターミナルでバスを降り、中心街へは歩いて20分ほどで辿り着いた。
滑らかな丘陵地帯に広がるこの町には、大小様々な教会と色とりどりの木造家屋が建ち並び、牧歌的な雰囲気が漂う。しかもここのクレムリンは11世紀に築かれたというから、歴史的に深いバックグラウンドも持ち合わせているのだ。
ちなみにクレムリンとはロシア語で「城壁」のことで、いろいろな場所にクレムリンは存在する。モスクワのそれは、単に固有名詞と化しているだけである。
風景は抜群の場所なのだが、残念なのは、あまりに手入れが行き届いていないことだ。景色に彩りを添えるはずのカーメンカ川は淀んでドブ川の様相を呈し、木々や草原は荒れるに任せられ、そのバックの教会がまるで廃墟に見えた。川を浄化して、草木を刈り揃えて、歩道や展望台を少し整備するだけで、ロシア屈指の一大景勝地にできる可能性を秘めていると思うのだが。
クレムリンの横には木造建築博物館があり、近隣の村から移築されたという木造の建物が保存されていた。まるでキジ島のようだった。この一帯だけはきちんと整備されていた。これが街全体に広がることを期待したい。
このあと少し休憩にしようと思い、露店でメドヴーハという名産の蜂蜜酒を買った。Y氏に言われて初めて知ったが、スーズダリはロシアでも随一の蜂蜜の産地なのだという。
近くのベンチに腰を下ろし、早速喉を潤そうとプラスチックのボトルを開け、(やめておけばいいのに)グイと飲み干すと、それは蜂蜜を少しサラサラさせたような程度で、食道と胃壁にねっとりと絡み付くような感覚を覚え、そして糖分が喉を、アルコールが胃を容赦なく刺激した。
とても渇きを癒すどころではない。慌てて水を買ったが、落ち着くまでにしばらく時間がかかった。
後日談だが、炭酸水で割ったら美味しくなった。やはりストレートで飲むものではなかった。
市街のカフェで昼食をとり、バスでウラジーミルへ戻った。
この旅行記のタイトル「黄金の環」(Золотое Колъцо…意味はそのまま)とは、モスクワ北東の古都群を指した言葉で、スーズダリもウラジーミルもこの環に含まれる。それぞれがそれぞれの個性を持った街だというが、今回は日帰りでその2箇所をまとめて訪れようと考えたのだ。
ウラジーミルで最も有名なのはウスペンスキー大聖堂である。14世紀まではロシア大聖堂の最高位にあったというこの教会は、5つの金の丸屋根を持ち、その中の1つがひときわ高く天に伸びている。教会は小高い丘の上にあって、少し離れたウラジーミル駅からでもその姿を目で見ることができた。
教会をぐるりと取り囲むプーシキン公園は綺麗に整備され、教会裏手の展望台からは周囲の風景を一望することができた。ところがY氏によれば、「8年前に来たときはこんなに綺麗じゃなかった」という。どうやら遅ればせながら、観光名所の整備に本腰を入れ始めたらしい。スーズダリにもその流れが波及することを願う。
かつて市街は城壁に囲まれていたとのことで、その名残である土塁が残っていた。そしてその横に「黄金の門」が聳え立っている。今はロータリーの中心に門が取り残され、車がその横を通り過ぎるような格好になっているのだが、かつて(と言っても12世紀の話だが)は首都の入口として、堂々とした佇まいであったに違いない。
このくらいで探訪を切り上げ、駅前から発車する長距離バスで帰路に就いた。モスクワまでは約3時間である。
いい旅だったから美味しいものを食べて締めようと思い、駆け込んだ先は日本食レストランだった。

<おわり>

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