週末外遊 - 三連休での海外旅行、中国・北京へ -
ロシアから帰国してまもなく1年、年に一度は海外へ行かないとと思い、三連休を使っての海外旅行を思い立った。職場の上司や同僚、母親にさえ唖然とされたが、国内旅行との違いなど、パスポートが要るか要らないかだけ。そう考える。
保谷を4:29に出る始発電車に乗り、山手線とモノレールを乗り継いで羽田空港へやって来た。羽田から海外に出るのも、今回の趣向の一つだった。
自動チェックイン機を操作すると、なんとビジネスにアップグレードされていることが分かった。昨晩Webチェックインを試みたら「座席調整中」とかでチェックイン不可だったのは、こういうことだったらしい。そして席だけのアップグレードかと思いきや、ビジネス用のラウンジも使うことができると係員氏が教えてくれた。
さすがに連休初日、イミグレは混んでいた。我ながら浅ましいが、早く進め!ラウンジに行かせろ!と思いながら自分の番を待った。
"HANEDA A.P"の出国印が押され、生まれて初めて立ち入ったラウンジは、アルコールも含めたドリンクはもちろんのこと、ホテルのようにバイキング形式の朝食まで用意されていた。つい貧乏性が先走って食事を盛ろうとしたが、ビジネスであれば機内食も豪華なはずと、思い止まったのは冷静な判断だったと思う。
そういうわけで、食事はそこそこに、滑走路を一望できる席でビールを飲んだ。
「良い旅を」―いつも通りの儀式である。そして今日は、いつにも増して幸先がいい。
中国・北京行きJAL21便は、新鋭のボーイング787での運航だった。つまりビジネスクラスも、新鋭機のそれということになる。
離陸後に出されたビールを飲み、予想通りボリュームのある機内食を平らげ、ほぼフラットになるシートを最大に倒して横になった。フライト時間は約3時間半、心行くまで寛いだ。
機体が徐々に高度を落としていくと、大陸の光景が眼下に広がった。少し遠くに、画一的な高層アパート群が見え、ロシアに通ずるものがあるなと思った。
北京首都国際空港は巨大な空港だった。10分近く歩いてイミグレを抜け、更にそこからターミナル間を結ぶ列車に乗って玄関まで行くのだ。そして巨大な規模を誇る割には、人気が少なくがらんとしていた。
iPhoneでTwitterを開いてみたが、やはりアクセスできなかった。今回はご当地ツイートはできない。よそ様の国の政策にとやかく言うつもりはないが、この国の情報統制の徹底ぶりには改めて恐れ入る。
列車を乗り継いで、まず宿にチェックインした。Expediaの値段だけを見て選んだ宿Beijing Youth Holiday Hotelは、設備に不満はなかったが、都心部からやや離れた地下鉄の亦荘橋駅から、更に歩いて15分のところにあって、あまり便利ではなかった。もう少し高くても、都心部の宿にすれば良かったと思った。
必要のない荷物を部屋に置き、少し休憩したあと、再び都心に向かった。まず明日、慕田峪長城へ向かうバス乗り場を下見しておこうと思い、東直門のバスターミナルに足を運んだ。「バスターミナル北川の屋外乗り場から出る867路バス」、確かに乗り場は見つかったが、そこには城の一文字も見当たらなかった。本当にここでいいのだろうか…。
その後、天安門広場に足を運んだ。テレビで良く見るあの絵だったが、実物は思っていたよりもっと広く、大きかった。毛沢東の肖像画も予想以上の大きさだった。大きなものを作らせたら中国人の右に出る民族はいない…などと思った。
騒々しい北京の街の中で、ここだけは別世界のように荘厳な空気が漂っていた(厳重な警備のせいもあるだろうが)。ライトアップされた赤い壁が、夜空に良く映えていた。
帰りがてら、亜運村のイトーヨーカドーに寄ってみた。店内は日本のスーパーそのもので、決して庶民向けの店というわけではないだろうに、かなり繁盛しているように見えた。薄い味の中国ビールに物足りなくなって、アサヒやキリンのビールを買い込んだ。
翌朝、ホテルで朝食を済ませてから、昨日当たりを付けたバス乗り場に向かった。
確かに"867"と表示されたバスは停まっていたが、行先に城の文字が見当たらなかった。そこで運転手氏にガイドブックの「慕田峪長城」の文字を指差すと、乗れというようなジェスチャーを返してきた。
バスに乗り込むと、中国人に混じって明らかに旅行客と思しき外国人も乗っていたので、これは間違いあるまいと思ったのだが、出発寸前に乗り込んだせいで座ることができず、どこを走っているのかも、いつ着くのかも分からないまま立ちんぼで耐えるのは、少々堪えた。
東直門から約2時間半、到着したときには相当くたびれていたが、ここからが本番である。何せ行先に北京を選んだのも「万里の長城を見たい」というだけだったのだ。
出店が立ち並ぶ通路を抜けて、入場券とロープウェイのチケットを買った。ロープウェイで少し登ると、城壁の一部が右手に見えてきた。
いよいよ来た。疲れも一気に吹っ飛んだ。たかだか三連休でも、ここまで来れるのだ。
万里の長城は、その途中に見物スポットがいくつかある。この慕田峪長城もその一つである。観光客に最も有名なのは八達嶺長城だというが、「有名すぎて混んでいる」と言われていたので、アクセスは不便だが静かというこちらを選んだ。
ロープウェイの降り場から見て左手、「忠于毛主席」の文字が刻まれた方に伸びる通路に足を向けた。これがかなりきつい登りで、しばしば階段の途中で座って休み、また登りを繰り返した。だが登り切ったところからの景観は素晴らしく、山の稜線に沿って延々と築かれた城壁を一望できた。 これが2万kmもの距離に築かれているという。宗谷岬から与那国島までの直線距離ですら、せいぜい3千kmに過ぎないことを考えれば、そのスケールの大きさは改めて表現するまでもない。もちろん一朝一夕の間に造られたものではなく、長い時間を経て今見られる姿になったわけだが、規模だけで圧倒させる構造物は世界中を探しても、そうそうないのではないかと思う。
そんなものを造り上げた。それもまた、中国の真髄なのではないか。
登って来た道を降り、そこから先の道は比較的起伏が緩かったが、先ほどの登りのせいで、少々のアップダウンでも足腰に響いた。運動不足が恨めしい。
反対側の終点までは行かず、スライダーで麓へ降りることにした。雪ソリのようなものにブレーキだけがついていて、それを緩めれば一気に坂を駈け下れる。前の人に追いついてしまったら減速し、再び距離を取ってスピード全開にする。楽しさのあまり、ロープウェイで登って、もう一回乗ろうかと思ったほどだ。(ムービーはこちら
麓の食堂で、漢字の表記だけを頼りに牛肉炒飯とビールを頼んだ。漢字が読めれば、何となく意味は分かる。そういう意味では、中国はハードルの低い旅先だと思う。運ばれた料理を写真に撮ろうとしたら、店のおばさんがさりげなくビールの瓶を皿の後ろに置いて、どうせなら一緒に撮れと言わんばかりに、ニヤリと笑いかけてきた。憎い心配りだと思う。
帰りは絶対に座って帰りたいと思い、バスが出発する40分前には乗り場にいた。だが皆同じことを考えていたのだろう、発車5分前に到着したバスの入口には皆が我先にと殺到し、誰が先にいたかどうかなど問題ではなかった。こういうときは遠慮した方が泣きを見る。日本だったら白い目で見られるのだろうが、自分も負けじと身体を押し込み、席にありついた。
バスの車内はほとんど寝て過ごし、北京市内に戻って来たときには空は暗くなっていた。
今日はすっかり満足したから、夜も美味いものを食べて寝たい。それも別に中華料理ではなく、日本食がいい。口に合うかどうか分からない当地物により、口に合うと分かり切っているものを食べたかった。
ガイドブックによれば、とんかつの「さぼてん」が北京にあるという。これはいいではないか。
地下鉄を乗り継いで向かってみると、そこは我々の感覚でいう「さぼてん」とはあまりにかけ離れた、高級ショッピングモールだった。本当にここか?と半信半疑だったが、確かにモールの一角にあった。
店の前には十数人の待ち客がいた。一人だったらすぐ入れるだろうし、待とう…と思ったのだが、入口の店員に声をかけたら「一人はダメ」だという。このときの落胆ぶりは想像にお任せする。
仕方なく少し離れた場所にある別の日本食レストランに行ったが、これもどうやら日曜日のせいで閉まっていた。絶頂からすっかり下がり切ったテンションに、疲労と空腹が追い打ちをかける。
疲れ果てながら、次に訪れたレストラン「隠泉HATSUNE」は、ヒュージョン系日本料理店とあったが、要は良くある現地ナイズドなんちゃって日本食屋だった。その手の店はロシアでも良く世話になった。
北京ロールなる、およそ寿司とはかけ離れたメニューを頼んだが、曲がりなりにも北京ダック(皮だけ)を食べられたので良しとした。
帰れるかどうかが問題だった。折しもやって来た台風のせいで羽田発着の国内線は尽く欠航、北京を朝出発する日本便も、台風の通過を待って6時間遅れで出発予定という状態だった。私が乗る午後の便は、朝の時点では通常通り出発予定とのことだったが、どうなるか分かったものではなかった。
あとは空港に着いてから…と思い、とりあえず食事を済ませて宿を出た。フライトまでは時間があったので、798芸術区と呼ばれる一帯を訪れた。かつて国営工場があった地帯が、今は様々な分野のアーティストがそれぞれの作品を披露し合う場所になっている。
少し前の時代の遺構と言うべき、かつてのスローガンが刻まれた建物や、プラントの廃墟の傍らで、皆が思い思いの表現を世に放っているのだ。この対照はあまりに鮮烈と言うほかなかった。
しかし、未だ情報統制の手を緩めてはいない当局が、この手の活動を野放図に黙認するとも思えない。そう考えると、所詮は造られた「自由」に過ぎないのだろう、とも思った。
バスと列車を乗り継ぎ、空港へ辿り着いた。便は予定通り出発すると聞いて、とりあえずホッとした。だが離陸の順番待ちで数十分待たされ、更に成田でも駐機場への入場にしばらく待たされた。連休のうちに東京へ戻れただけでも多とせねばなるまいが。

【おわり】


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