帰任 – さよなら大連

任期を終え、いよいよ大連を離れる時が来ました。

職場でもらった花束は持ち帰れないので、自宅に飾って置いてきました。
大家がかつて自分で住んでいたという24階の豪奢な一室も、大連生活を彩った思い出の一つです。

チェックイン後に一枚。
右が私、真ん中は同じ日程で帰任したO君、左は見送りに来てくれたO君の後任のo君です。

フライトは羽田行きJAL24便。
JALで飛ぶのも久しぶりでした。

JAL大連支店のお取り計らいにより、搭乗口前にて記念撮影。
絶対にこの横断幕と写真を撮りたいとお願いして快諾頂いたものです。

そして機体に乗り込もうとすると、
「〇〇様ですね、どうぞ!」
「おかえりなさい!」
という、ちょっとしたサプライズイベントがありました。

いつもは選ばない窓際席にしました。
天気は快晴で、絶好のフライト日和でした。

機体は大連上空を旋回し、高度を上げていきました。
それはまるで、この地の姿を最後にしっかり目に焼き付けて下さいねと言われているかのようでした。

flightrader24からスクショした航跡です。
(あいにく大連での旋回は記録されていませんでしたが)

日本本土には鳥取上空からアプローチし、天橋立を横目に。

日本海側から太平洋側、遠州灘上空へ。

伊豆半島、そして富士山が見え、羽田に向け高度を下げ始めました。
この辺りで再度声を掛けられ、

記念品を頂きました。

東京ドーム、スカイツリー、東京タワーにレインボーブリッジを眼下に、いわゆる都心ルートを降下し、

定刻より10分ほど遅れて羽田空港C滑走路に着陸しました。
天候、景色、そしてサプライズ。
最高のフライトでしたとCA氏に言い残して降機しました。

預けたスーツケースに最後のサプライズがありました。
もろもろ100%のご厚意によるものですが、記念にしたかったフライトをより彩ってもらえたことに対する感謝を込めて、こんなことがあったと書き残しておきたいと思います。

こうして私の大連生活は終わりを迎えました。
3年という決して長い期間ではない中でも様々な出来事があり、多くを見聞きし考えましたが、それは改めて。
今しばらくは余韻に浸ろうと思います。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

在外選挙

海外居住者でも国政選挙に投票できる「在外選挙」という制度があります。
在外選挙制度とは|外務省

在外選挙人名簿に登録されると「在外選挙人証」が公布されます。
私は大連赴任が決まったときに予め手続きをしていたので、赴任早々に入手していました。

投票所である在大連領事事務所へ赴きました。
投票所には受付係、受領係、立会人の3名が常駐していて、日本では投票所入口にある投票用紙の自動交付機に代わって、用紙の交付申請書を記入し、受付係から手渡されます。
選挙区は投票者によってそれぞれなので、全国分の候補者と所属政党が記載されたファイルが備わっています。
アルミ製目隠しと記入用鉛筆は日本と同じです。

投票用紙も同じ形式ですが投票箱はなく、代わりに三重の封筒に挿入して受領係に手渡します。
この封筒は(恐らく)まず一括して本邦に送られたのち、選挙人登録されている自治体の選挙管理委員会へ渡り、一票として計上されます。
一票の重み、取り扱いの厳重さが良く分かると言えるでしょう。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

内蒙古の空と風 (3)

まずはホテルのこだわりの設えから。

もうこれでもかというほどマトリョーシカづくめです。
徹底しています。

朝食会場にはロシア風の食事もありました。
魚の塩漬け、キュウリとトマトとたまねぎ、懐かしい組み合わせです。
なお少数ですがロシア人宿泊客の姿もありました。

チェックアウトしたあと、送迎のサービスを利用して満州里駅に向かいました。
国境を越える国際列車用のターミナルもありますが、どうやら久しく運行実績がないようです。
中露国際列車 – Wikipedia

国内行きの列車本数もあまり多くはありませんが、北京行きの定期列車があるのは首都とを一本で繋ぐ存在という意味合いが強いように思えました。

出発時刻列車番号行き先
4:40K7098ハルビン
9:05K1302北京
9:454188チチハル
10:35K7192ハイラル
11:15K2624大連
13:40K1260瀋陽北
19:17K7092ハルビン
20:50K7090ハルビン

ちなみにK2624列車で大連に向かうと、大連着は翌日の11:05です。
今回は時間がありません。

この時点で時刻は10:00頃でした。
私は13:40発のK1260列車に乗ることにしていたのでまだ時間があり、駅前で暇を持て余していたタクシー運転手に「フルン湖へ行って帰って来たい」と声を掛けました。

出発すると、すぐに草原が広がりました。
羊の写真は、途中ドライバーが車を止めて「行ってきなよ」という風に案内された牧場のような場所です。
子供がいたらこれは喜ぶと思いましたが、日本でこんな奔放な場所を探すのは難しいかもしれません。

フルン湖の湖畔に個人の車などで直接立ち入ることはできず、近くの観光ターミナルで入場券を買い、専用のバスで移動します。

フルン湖はフルンボイルの語源ともなった湖で、モンゴル語のダライ・ノールに漢字を当てた達賚湖という呼び方もあります。
中国の淡水湖としては5番目に広く、面積は2,339平方キロメートルあり、琵琶湖の3倍以上、神奈川県の面積に匹敵します。
そもそも広すぎて対岸が見えないということでしたが、辿り着いてまもなく小雨が降り出し、景色は晴れませんでした。

湖畔を40分ほど散策し、車で満州里の駅に戻りました。
天気は再び良くなり、爽快なドライブでした。

満州里の興りは中露鉄道の歴史と表裏一体であると言え、1901年に東清鉄道が開通した際、清国側最初の駅が置かれ、満州里と名付けられたのがそのまま地名になったといいます。
街も駅を中心に形成され、今でもロシア風建築物を見ることができますが、街の中心は駅舎とは反対の北側に移り、現在の南側は発展から取り残されたような、閑散とした雰囲気が漂っていました。

旅客ホームは2本しかありませんが、その隣には広大な貨物ヤードがあり、中露双方の長大な貨物列車が何本も出発を待っていました。
日本のそれと見比べるとスケールが段違いと言わざるを得ません。

K1260列車の発車に合わせて駅に戻ると、乗客が既に集って改札開始を待っていました。
やはりこの時ばかりは駅にも活気が戻ります。

ハイラルまで2時間半ほどの乗車だったので、寝台ではなく硬座(座席)車を取っていました。
硬座車は基本的に3+3/2+2人のボックス席で、少なくとも私が乗った車両はほぼ満席だったように見えました。

定刻に発車しました。
やがてガントリークレーンのある側線が見えましたが、恐らく中露の軌間の違い(中国は標準軌、ロシアは広軌)による貨物の積み替えに使用しているのでしょう。

旅も最終盤ということで、駅の売店で買ったロシアビールを開けました。

ハイラルにもほぼ定刻に到着しました。
私と同じようにハイラルで下車した乗客も多かったです。

少し時間は早かったですが早々にタクシーで空港に移動し、18:40発の吉祥航空HO2248便で大連に戻りました。

内モンゴルには、私が大連にいる間に見たいと思っていた景色が全てありました。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

内蒙古の空と風 (2)

夜は星空を見たいと思いましたが、パオがイルミネーションで彩られてしまって良く見えなかったので、皆が寝静まって消灯した頃を狙うことにしました。

朝3時に起きると、思ったより早く日の出を迎えていました。
果てしない大地に白み始めた空が映え、これはこれで良いものを見たと思えました。

この日は更に、雲一つない快晴となりました。
「五感全てで感じる」とはこういうときのことを言うのだと思います。

DiDiでタクシーを呼び、ハイラルのバスターミナルへ向かいました。
ドライバーは市街からやって来ましたが、草原エリアとタクシーで往来するのは一般的ではないらしく、
「「普通この辺りにタクシーはいないぞ」「車が見つからなかったらどうする気だったんだ?」
と言われました。

バスターミナルは市街の外れにあります。
ターミナル内か周辺の店で昼食を済ませてから移動しようと思っていましたが何もなく、かといって市街の中心まで移動するのも億劫だったので、直近で11:30に出発する満州里行きバスに乗ることにしました。
一応座席指定のようでしたが、私の券面に記載された座席16番には先客がおり、空いていた別の席に収まりました。

出発したバスはほどなくしてG10綏満高速道路に乗りました。
綏満の「綏」はロシアとの国境にある黒竜江省綏芬河市のことで、省都ハルビンなどを経由して内モンゴルに入り満州里へ至る1,520kmの道路です。
綏満高速道路 – Wikipedia

ハイラルを出発してから1時間半、西乌珠尔服務区(サービスエリア)で休憩がありました。
ハイラルから120km、満州里まで100kmというところなので、およそ中間地点となります。

「満州里」と記されたモニュメントが目に入りいよいよ到着かと思いましたが、ここから終点まで50分以上ありました。

観覧車の後ろにロシア正教会風の建物が見え、今度こそいよいよかと思われました。
バスは高速道路を降りたあと、市内の複数のバス停で停まって乗客を降ろし、終点まで乗り通した乗客は私含め数名でした。

終点は中心市街の西側、ハイラル方面(東)から来ると中心市街を通り抜けたところにあるバスターミナルです。
ロシアとの国際バスもこちらから発着するようで、ロシア人と思しき乗客が切符を買い求めているのを見ました。

宿はバスターミナルから国境方面に3kmほどの距離だったので歩いて行くことにしましたが、途中のショッピングモール内のケンタッキーで昼食にしました。
外の看板はモンゴル語、メニューはロシア語併記という、いかにも土地柄を感じる店でした。
実際、店内やモールにはロシア人と思しき客も複数おり、買い物や食事のために国境を越えてくるというのは珍しくないのだろうと思えました。

国境へ続く道は整然と真っ直ぐに伸び、沿道の建物もどことなくロシア風の装いでした。
そして何やら大きなマトリョーシカが2体見えてきました。

これが目当ての満州里套娃酒店、訳するとマトリョーシカホテル(そのまんま)です。
この発想にあっぱれでした。
中国人しか思い付かないでしょう。

建物自体がこんな形をしているのではなく、外見はガワですが、無数の小さなマトリョーシカが集まっていて、凝っています。
そして決して見掛け倒しではなく、

むしろ中の方が気合が入っていました。あっぱれです。

部屋で少し休んだあと、2kmほど離れた中露国境にタクシーで向かいました。
地表にある国門景区は軍事管理区域になっており、外国人は立ち入ることができませんでしたが、その横にある展望塔には登ることができました。

展望台の頂上からの景色はどの方向を向いても素晴らしいものでした。
果てしなく続く大地と青空、国境と異国の街。
中国生活の最後を飾るにふさわしい、いつまでも見ていたいと思えた風景でした。

隣接する貿易区に入り、国境線の間近に立ち入ることもできました。
門のモニュメントの後ろにあるフェンスの先はロシアです。

どこかで書いたような記憶がありますが、私は2007年にシベリア鉄道でウラジオストクからモスクワまで横断し、2010年にサハリンを縦断し、2011年から1年間仕事でモスクワに滞在していました。
そんな思い入れのある場所への、手を伸ばせば届くこの距離がなんと遠いことでしょうか。

ホテルに戻り、時間は経って夜になりました。
マトリョーシカはイルミネーションやプロジェクションマッピングで鮮やかに彩られていました。
光り物好きの趣向はもはや定番、お決まりと言えます。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

内蒙古の空と風 (1)

7/19(土)に日本に帰任することが決まり、最後の(個人的な)旅に出ました。

内モンゴル自治区・ハイラル(海拉尔)行き吉祥航空HO2247便に搭乗しました。
大連-ハイラルは恐らく季節路線ではないかと思います(春先に調べたときにはヒットしなかった覚えあり)。

内モンゴル自治区は遼寧省とも地続きではありますが、それに止まらず東西に広く伸び、モンゴルとの国境の大半を占める、広大な行政区です。
以前から、大連にいるうちに東北三省(遼寧・吉林・黒竜江)と内モンゴルには行きたい願望がありました。
内モンゴル自治区 – Wikipedia

約2時間でフルンボイル(呼伦贝尔)・ハイラル空港に到着しました。
行政上は呼伦贝尔「市」の中の海拉尔「区」となるようです。
ちなみにフルンボイルもハイラルもピンイン読みとは大分異なるので、中国人に日本語風読みを口にしてもまず通じません。
フルンボイル市 – Wikipedia
ハイラル区 – Wikipedia

それはさておき、降機してすぐ空の青さに目を惹かれ、想像していた通りの景色が見られるはずだと気分が高まりました。

到着してすぐにタクシーでハイラル駅に移動し、少し街中を散策しました。
空港では民族衣装に身を包んだ女性が出迎え、街の随所にはモンゴル文字の表記が見られました。
ただ、モンゴル本国では圧倒的にキリル文字表記が通用しているそうです。

再度タクシーを拾い、ハイラルの中心街から北の方へ向かうと、まもなく道路沿いに草原が広がり始めました。

中心街から距離にして約40kmほど、 图嘎营地(キャンプ場)にやって来ました。
ここにはパオ(ゲル)を模した宿泊施設があります。

エアコン・トイレ・シャワー完備の快適パオでしたが、大事なのは雰囲気でした。

どこまでも広がる空と大地、まさに見たかった景色がありました。
何をするでもなく、ただここに佇むだけで感無量でした。

ハイラルビールを片手に。

夜はモンゴル麺、そして馬乳酒を試してみました。
カルピスのような甘酸っぱさを想像していましたが、思いのほかアルコールの自己主張が強く、ガツンと来る口当たりでした。

食後は落日を見送り、一日が終わっていきました。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

港東五街

大連市内に港東五街という通りがあります。
https://j.map.baidu.com/67/Z0ui

2024年4月下旬の日経新聞で取り上げられたことのあるフォトスポットです。

存在は少し前から認知していましたが、6月の国内出張で大連に戻ってきたとき、

空港でこんな看板を見かけて思い出し、大連にいるうちに是非一枚カメラに収めておこうと考えました。

港東五路自体は地下鉄2号線東港駅から歩いてすぐのところにありますが、いわゆる映えスポットまでは10分ほどです。
人が集まっているのを見てここだと察知しました。

みんな小船が来るたびにシャッターを切っていましたが、交通整理の警察官が上の写真を撮影した少し後(5時頃)に引き上げたのと同時に、多くの人が去って行きました。
船の時間を間違えたか?いやそんなはずは…と思いながら待つこと約30分。

先日乗船した大仁フェリー「BIRYONG」が、韓国を目指して出港していきました。
乗船したのは、ちょうど5週間前のこの時間です。
船がビルの合間に姿を現わしたのは、冒頭の記事の通り、本当に1分足らずの間のことでした。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

中国で受けるHSK

外国人向けの中国語検定としてHSKがあります。
漢語水平考試 – Wikipedia

一応中国に3年いたので、中国語も身に付けるようにしていましたと言えるようにして日本に帰りたいと思い、任期中に5級合格を目指していました。

試験はネット申し込みできます。
大連ではおよそ月一回開催されているようでした。
中文考试服务网

Wikipediaにも記載がある通り、紙面テストのほか、試験会場に設置されたパソコンで受験するネット試験を選ぶことができました。
紙面テストだとスコア(5,6級は合否という形では判定されないよう)発表に約一ヶ月かかり、私が大連にいる間に受け取れない可能性があったので、約2週間で発表されるネット試験を選択しました。


あとHSKだけを受験することはできず、口述試験であるHSKKも必ず申し込むことになります。
またHSKKは初級・中級・高級の3種類しかなく、HSK5,6級受験者は高級受験が必須です。
受験料は両方合わせて1,088.64元でした。

試験当日、会場は家の近所の大連民族大学でした。
会場にではまず荷物を別部屋に置くよう指示され、パスポートと受験票(プリントアウト可)だけを持って所定の席に着くよう指示されました。
席には試験用パソコンが備え付けられ、中国語のほか英語・日本語・韓国語に対応していました。
5級受験者は私を入れて5人、日本人は私1人のみで、他の受験者は多分韓国人、モンゴル人など。

試験の所感はというと、

  • リスニング:耳の訓練あるのみ、あとは運
  • リーディング:漢字が分かる日本人なら何となく行ける得点源
  • ライティング:ペーパーテストであれば簡体字が書ける、ネット試験であればピンイン入力できる必要あり(私はピンインを中心に勉強していたので断然後者推奨)
  • スピーキング(HSKK):HSKが取れれば良かったので無対策

HSKは合計点のみで判定され科目ごとの足切りはないので、リスニングが当たっていれば合格基準の60%に乗るかなというところでした。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

端午節帰国④(帰路)

6/2(月)、日本は平日です。
妻は出勤し、子供は保育園に預けて家を出ました。

5/31に地元西武線にやって来たばかりの元小田急8000系を見るため、東村山にやって来ました。
国分寺線は日中3編成の運用なので確率1/3となりますが、一発で来ました。

他社からの譲渡を受けるニュースが報じられたときは西武鉄道の経営状況を訝しむ声がありましたが、その後の西武の積極PRにより、完全にネガティブ印象を吹き飛ばした感じがあります。

国分寺駅前の「中華そば ムタヒロ」にて。
日本に来たらやはりラーメンを食べねばなりません。

中央線東京方面行きを待っている間にもやって来ました。

御茶ノ水まで、真新しいグリーン車に乗ってみました。
私の生活圏からして、中央線新宿から先の山手線の内側はあまり縁のない区間であり、2階からの眺めも相まって新鮮な車窓でした。

御茶ノ水→錦糸町→蘇我→大網→成東と小刻みに乗り継ぎを繰り返し、総武線松尾駅の改札口を出ました。

駅から少し離れた松尾IT保健福祉センターの前から、成田空港へ向かうバスがあります。
普通にスカイライナーや成田エクスプレスで行っても面白くないという発想です。
空港シャトルバス(空港連絡バス) | 千葉県芝山町ホームページ

18:20のスプリング・ジャパンIJ237便で大連に戻りました。
スプリング・ジャパンの成田-大連線は去年の中秋節~国慶節辺りに期間限定で運航されましたが、3月末から週六便で再開されました。
1,200円追加して先頭席(足元が広い)を予約していました。

次に日本に帰るのは、任期終了の本帰国です。
大連の夜間飛行もしばらく見納めかと思いました。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

端午節帰国③(日本上陸、東京へ)

関門海峡の朝です。
船はスピードを落として、ゆっくりと下関港に向かって行きます。

関釜フェリーは日本籍の「はまゆう」と韓国籍の「SEONG HEE」が交互に配船されますが、「はまゆう」だけに2等寝台の設定があり、2等のいわゆる雑魚寝部屋と同じ金額で乗船できます。
ネット予約時に「ベッド席希望」のチェック欄があり、予約と同時に確約される仕組みではなさそうですが、私は希望通りとなりました。

レストランの朝食営業は7時から開始します。
この間に船は着岸しましたが、7:45にならないと下船できないので、焦らず食事できます。
和定食より韓定食の方が目立つ様子から客層が想像できました。

時間通りに下船が始まりましたが、全員一斉ではなく何組かのグループに分かれて下船を誘導されます。多分入管の混雑を避ける目的だと思います。

港のターミナルと下関駅は歩道橋で直結しており、歩いて10分ほどです。

8:30発小月行き普通列車に乗りました。
2つ隣の新下関で新幹線に乗り換えるのでこれで良いですが、18きっぷなど鈍行旅行ではまずお世話にならない行先の列車です(大体はその先の新山口方面との往来なので)。

新下関で新大阪行き「さくら」542号に乗り換えました。
1日に数本の「さくら」と「ひかり」が停車します。
指定席は西日本・九州専用の2+2列シートで快適です。

山陽新幹線を通しで乗ったのは、福岡に住んでいた頃の2008年か2009年に東京から博多まで乗車したときの一度きりです。
車窓の記憶がなく、トンネルが多いからあまり景色は晴れないだろうという印象がありましたが、ちょくちょく海が見えるなど景色が良い場所もあるのだなと分かりました。
写真は徳山出発直後です。

新大阪では東京行き「のぞみ」230号に乗り換え、東京まで辿り着きました。
飛行機で3時間の距離に丸2日かけましたが、久々の船旅と陸路ならではの景色の移ろいに満足しました。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

端午節帰国②(韓国縦断)

6時前に目覚めました。
辺りの見通しは良くありませんでしたが、携帯が韓国の電波を拾い始めていて、大分近付いてきたことを感じさせました。

ところでこの「BIRYONG(飛龍)」の前身は日本船です。
2004年3月に大阪から石垣まで乗船したことがあり、まさかの21年ぶりの再会となりました。
クルーズフェリー飛龍21 – Wikipedia

ホールに飾られた二頭のシーサー
ホールから階段を上った踊り場のレリーフには日本語解説が残る
随所に残された石敢當も沖縄船ならでは
イベントホールは閉鎖されているがLEQUIO=琉球のはず
日本語のままのボタン表示
日本仕様コンセントは通電していた(電圧は不明)

以上の通り、「飛龍」の名のみならず、当時の面影は随所に残されています。

レストランは朝食営業もあります。

着岸の約1時間前、仁川付近の島々が見えてきました。

仁川空港がある永宗島との間に掛かる仁川大橋をくぐり、仁川港へ入港します。

着岸間近の様子。
左は江蘇省連雲港行きの船で、仁川起点で見ると中国航路は複数あります。
特に韓国の結び付きの深い山東省は青島、煙台、威海とを結ぶ便があります。

岸壁からはバスに乗って入国審査に進みました。
恐らく乗客はこの写真に写っている人数で全員です。

話は仁川から約30km離れたソウルに飛びます。
船が微妙に遅れたのでソウルから列車の時間に間に合うかが怪しくなり、やむなくタクシーを飛ばしたからですが、そのおかげで(?)ソウル駅付近で多少の散策と昼食の時間程度は確保できました。
2008年の放火事件での焼失から復元を遂げた崇礼門と、韓国っぽくロッテリアのプルコギバーガー。

13:49発の釜山行きKTX83列車はファーストクラスの1人掛け席を韓国鉄道公社のWebで事前に予約していました。
料金は普通車59,800ウォンに対しファーストクラス83,700ウォン、この差ならありと思いました。

定刻通りに釜山に到着し、駅と歩道橋で直結している釜山港国際旅客ターミナルへ移動しました。
乗船予定の「はまゆう」、そしてたまたま寄港していた「ダイヤモンド・プリンセス」が停泊しているのが見えました。

下関行き「はまゆう」の出航は21:00ですが、18:30までに出国手続きを完了して乗船しなければなりません。
乗船締め切りから出航までは停泊中の船内で過ごしますが、一か所に留まっているからこそ感じられる時間の流れがありました。

レストランの夕食営業も停泊中に行われます。

21時、夜景に彩られた釜山の街を背に、煌びやかなイルミネーションを纏った釜山港大橋をくぐり、船は満を持して外海へと向かって行きました。

カテゴリー: 未分類 | コメントする