端午節帰国①(大仁フェリー)

5/31-6/2は端午節の三連休でした。
今度はどこへ行こうかと考えた折に、前々から気になっていた大連から韓国・仁川への船の存在を思い出しました。
これを使って空路に頼らず大連から東京まで帰るという企画を思い付きました。

この船は大仁フェリーといい、韓国の船会社が運航しています。
大仁轮渡株式会社

一見ネット予約ができそうですが、良く見てみると仁川発しか予約できませんでした。
大連発の予約についてはどこにも言及されておらず、さも右下の大連のカスタマーサービスに電話するしかないように見受けられました。

しかし、この何でもかんでもスマホAPPで完結する現代中国において、電話でしか予約できないなぞ有り得ないだろうと疑って調べたところ、

まず大仁フェリーのWeChat公式サービスアカウント(上記Web右上のQRコードとは別アカウントのよう)に、1/24付でネット予約ができるようになった旨の案内を見つけました。

ここに記載のある 「海游旅行」ミニプログラムの操作結果は以下の通り(これを書いているのが6/29なので、日付もそんな感じです)。

この後希望の乗船日、等級や個人情報など必要事項を送信し、決済もWeChat Payで完了して予約できました。

困難と言えば予約直後に 「海游旅行」のカスタマーサービスから電話がかかってきたのですが、電話は困る(分からない)のでまずSMSで中文交信→その後WeChat交換としました。

前置きが長くなりましたが乗船当日、カスタマーサービスからE-TICKET画像が送られてきました。
これを港の窓口に見せて乗船券と引き換えて、との指示でした。

大連港国際フェリーターミナル。
奥に停泊しているのが乗船予定の「BIRYONG」です。

ターミナル内はとても閑散としていました。
カウンターで先ほどの画像を見せると、だいたい同じ内容の紙面を渡されました。
とりあえず予約は正しく入っていて、予定通り運航されるのだろうということは分かりました。

あちらに行けと真後ろの方向を指さされ、「(この客は)韓国行きだ、日本人だ」という言葉を背に受けながら、隣の建物に案内されました。
この建物の中でまず先ほどの紙片を一番下の画像の乗船券に引き換えますが、この乗船券はこの後乗船までに随所で切り離され、最終的には一番左の青い部分のみになります。
その後税関、入管、保安検査に進みます。

税関では少し質問がありました。
大連に戻ってくるのか?いつだ?飛行機か?
ここを通る日本人は物珍しかったかもしれません。
ともあれ無事出国しました。「大連」の印は港経由の証です(空港は「大連周水子」)。

建物を出て岸壁を一人歩き、乗船しました。
私の場所はいわゆる二等寝台で、同じ区画の乗船者は他に一人だけでした。
この時点で時刻は15時過ぎ、軽く船内探検をしたあとベッドに横になっていたら眠気がやって来ました。

16時半頃に目が覚め、17時出航だと思いなおしてベッドを出ました。
乗船時にはクローズしていた食堂、コンビニと免税店が開いていました。
ターミナルで両替はできませんが、船内では韓国ウォンと中国元が使用できます。
この韓国ビールは15元でした。

定刻より30分ほど遅れて離岸し、携帯の電波が怪しくなるくらいのところまでデッキで過ごしました。

まもなくレストラン開店の案内がありました。
いかにも韓国風の豆腐チゲ定食でした。お値段40元。

シャワー室があり、自由に使用できます。

仁川到着は韓国時間の明朝10時、16時間ほどの船旅の始まりです。
思えば船旅もしばらくぶり(6年前)で、船ならではのゆったりとした時間の流れを楽しんでいました。

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日本旅行(広島→福岡編②)

「ビジネスホテルうえの」に1泊し、しっかり温泉も堪能しました。
【公式】ビジネスホテルうえの|山口市湯田温泉の中心、繁華街まで徒歩0分

湯田温泉駅ではなく、1つ隣の山口駅まで3kmほどを歩いて列車に乗ることにしました。
途中には井上馨遭難の地の碑など、長州の歴史を感じられる場所があり、また複数の官庁が立地している様はやはり県庁所在地の佇まいでした。

7:59発新山口行きに乗り、8:13着の仁保津で降りて、防長交通の博多行き高速バスに乗り換えました。
山口から博多への乗り継ぎを調べていて出てきたのですが、この近くに中国道の小郡インターがあるのが仁保津停車の理由だと思います。
私以外にも数名の乗客が列車からこのバスに乗り換えていましたので、知っている人は知っているということでしょう。

バスは3列シートトイレ付きで、Wi-Fiや各席コンセントも備え快適でした。
予約時に座席指定もできたので、先頭1Aを確保しました。
小郡インターから高速に乗ると、途中停車するのは美祢インターのみです。
ここでも数名の乗客があり、ほぼ満席になったようです。

関門橋を渡ると九州、福岡です。
途中吉志パーキングエリアで休憩がありました。

そのあとバスは福岡インターから福岡都市高速を経由し、博多駅東ランプで高速を降り、博多バスターミナルに到着しました。
途中右手に見えた箱崎ふ頭は、私が社会人になって最初の職場でした。
博多での生活は僅か2年間でしたが、いろいろなことが始まった場所と言えます。

博多といったら豚骨ラーメン、「元祖長浜屋」に行きました。
店は以前から新しくなりましたが、店中に漂っていた独特の豚骨臭が一切なくなっていたことに少し驚きました。

帰りは博多駅行きのバスに乗りました。
天神や中洲辺りの風景は、約15年以上前のそれとあまり変わっていないように思えました。

博多駅から福岡空港国際線ターミナルまでは、投入されたばかりの連接バスに乗りました。
かなり外国人観光客が増えているようです。

帰りのフライトは大連経由北京行きの中国国際航空954便です。
これで現時点で就航している大連発着の日本線全てに搭乗しました(羽田・成田・仙台・富山・中部・関西・広島・福岡)。

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日本旅行(広島→福岡編①)

また出入国スタンプ集めがてらの旅を思いつきました。
今度の行き先は、

広島です。
北京発大連経由の中国国際航空153便に搭乗しました。

搭乗率は50%くらいだったでしょうか。
フライト時間は2時間15分、日本に近い大連ですが西日本は近所という感じです。

機内食で出された中式バーガー。

実際の飛行時間は2時間弱で、予定より30分以上早く広島空港に到着しました。
空港から広島市はじめ県内各地にバスの便がありますが、どの行先のバスもこの後の予定に合う便がなく、タクシーを使いました。

空港から10kmほど離れたJR山陽本線本郷駅に向かいました。
広島空港は市街地から離れた山間部にあり、山を越える山陽本線も駅間が非常に長く、その中でも一番近い駅ということで乗り継ぎポイントに選びました。
道は空いていて15分ほどで到着し、計画していた13:56発糸崎行き普通列車への乗り換えも問題ありませんでした。

一駅隣の三原で乗り換え待ちの間、三原上の天主台跡を散歩しました。
かつての城跡を線路が貫き、天主台には一度駅に入って登ります。
まさに駅と城跡が一体という感じです。

呉線経由の観光列車、快速「etSETOra」は時間通りにやって来ました。
広島空港からタクシーを使ったのも、とにかくこれに間に合わせるためでした。
etSETOra(エトセトラ)│観光列車の旅時間:JRおでかけネット

呉線は瀬戸内の海沿いを走る絶景の路線です。
etSETOraの前身である「瀬戸内マリンビュー」が運行を開始したは2005年ですので、かなり息の長い観光列車であり、それだけこの辺りの車窓が鉄道旅行の売りの一つとして認知され続けているということでしょう。

車内は向かい合わせの海側の窓に向いたカウンター席とボックスシートから成り、私はカウンター席を取っていました。
船をイメージした(であろう)丸い窓は瀬戸内マリンビュー時代からのもので、変わらず車両の特徴と言えます。

etSETOraは広島~福山間を1日1往復しますが、復路の広島行きのみトレインバーが営業します。
写真はオリジナルカクテルと、沿線の店舗で生産販売している牡蠣のオリーブオイル漬け。
このオリーブオイル漬けが逸品でした。
広島牡蠣専門店 マルイチ商店

列車は2両編成で、隣の2号車は車内の色合いが違います。

広島まで20分ほどの場所にて。
到着直前まで海辺の景色が楽しめ、そしていろいろ飲み比べていました。
良い時間でした。

17:25、広島に到着しました。
広島駅は路面電車を駅ビルに乗り入れさせる工事が終盤を迎え、駅前の装いががらりと変わります。
新しい路面電車乗り場はJRの改札口から1分の場所にあり、思った以上に乗り換えが便利になります。

18:08発「こだま」857号博多行きは、かつて日本初の新幹線300km営業運転を実現した500系での運行でした。
「のぞみ」からの撤退により短編成化され、グリーン車は普通車に格下げされましたが、座席やシートピッチはそのままに使用されています。
その6号車に選んで乗りました。

18:55着の新山口で降りました。
登場からちょうど30年となる2027年に全車引退の見込みが示され、「こだま」運用で過ごす余生も終盤となりそうですが、性能・デザインともに一世を風靡した名車であることは間違いありません。

19:21発の山口線山口行きに乗り換え、19:42着の湯田温泉で降りました。
どちらの駅もホームの装いは「SLやまぐち号」の運行をイメージしています。
湯田温泉の駅から温泉街へは少し離れていて、今日の宿へも歩いて15分ほどかかりました。

宿にチェックインしたあと、湯田温泉一丁目交差点角の「らいが」に入りました。
海外にいてつくづく思うことは、日本の料理店は何を見ても美味しそうにしか見えないことです。
らいが | 長州鶏焼鳥・泳ぎ活きイカ・手作り餃子 | 山口湯田温泉

山口名物瓦そばを食べながら
「どちらからいらっしゃったんですか?」
『中国です』
本当です。

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家族来連(2025年労働節)④

最終日、家族は帰るだけの日です。
各々思い思いの時間に起きて、レストランで朝食を食べながら談笑して、出発までのんびり過ごしました。

ホテルのキッズコーナー、奥にボールプールがあります。
出発までの暇潰しとご機嫌取りにちょうど良かったです。

空港での一枚。
間違いなく大連生活最高の思い出の一つになりました。

大枠こそ私が考えましたが、細かい計画や手配はこちらの人々の助けがあってこそでした。
休みにも関わらず手伝ってくれた、付き合ってくれた全ての人々には感謝しかありません。
この約3年間でそれができる関係を築けたことも、最高の思い出と言い切れる理由の一つです。

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家族来連(2025年労働節)③

この日は金石灘を案内しました。
金石灘 – Wikipedia

日航ホテルからタクシーで1時間弱、約170元でしたが、鉄道(軽軌3号線)で行くこともできます。
金石灘は開発区側にあることもあり、会社関係の人々と何度か浜遊びやBBQに訪れた場所ですが、今回は初めて有料エリアに立ち入りました。

海沿いに歩道が整備され、海と岩が創り出した景勝を楽しむことができます。

昼食はこちらに併設されたレストランで。
大連北馬山荘(大连北马山庄) | Trip.com

夕食は妻子と他の家族とで分かれ、私たちは、

私の会社の人が「ここの味は一流だ」と太鼓判を押した店で羊を食べました。
総経理(社長)もやって来て、たらふく飲み食いしました。
福兴全羊

今回の家族来連は、去年総経理からの「任期中に是非もう一度」という一言から企画を始めました。
きっちり約束を果たすことができました。
家族来連まとめ (7/21-27) | BOARDING!

一足先に帰った他の家族は、マックで日本のそれと食べ比べをしたそうです。
それはそれで海外の一つの楽しみ方だと思います。

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家族来連(2025年労働節)②

2日目はのんびり9時半頃にホテルを出発しました。

連休は一部の道で進入規制が行われていましたが、その内容は「地元ナンバー(「辽B=大連)車は奇数日なら末尾奇数ナンバー、偶数日なら偶数ナンバーの車両は通行可」というものでした。
つまり域外ナンバーの車が優先ということです。

それでもやや混雑した市内の道を通り、海沿いにある大連森林動物園にやって来ました。
大连森林动物园

パンダはダラダラしていました。

クマ、ライオン、トラ、ゾウ、なんでもいます。
撮るのを忘れましたがキリン、カンガルーなども。

希少種ホワイトタイガー。

周り切れませんでしたが野鳥館、爬虫類館といった施設もあります。
とにかく何でも見られる広大な動物園です。

夜は星海広場方面に移動し、広場沿いにあるこちらの店に入りました。
喜鼎海胆水饺(星海湾壹号店)
店名の通りウニ餃子が有名な店で、いつも混雑しています。

食後は星海広場の夜景を眺めてからホテルに戻りました。

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家族来連(2025年労働節)①

5/1-5は中国労働節の休日でした。
2023年春節以来、三連休以上の国家休日は毎回日本に帰っていましたが、今回は逆に家族を迎えることにしました。
それも妻子だけでなく、母、そして弟一家(一歳女児一人含む)も行きたいという話になり、更に構想初期には義妹一家からも行きたい意思表明がありました(その後取り止め)。

そういうわけでちょっとした団体旅行の受け入れ状態となり、これまで2回の妻子来連とは異なるアレンジを考えました。

大連空港で到着を待っている間にふと思いを馳せたことは、この3年間の来連を取り巻く環境の変化です。
私が大連にやって来た2022年6月はコロナ真っ盛りの厳戒態勢下で、防護服を着た防疫職員が機内に乗り込んで来て、PCR検査の後にこの到着口から隔離施設へ向かうバスに乗せられました。
その後防疫規制がどんどん緩和され、ビザなし訪中も可能になりました。
気軽に家族を一斉に呼べるまでに回復したことは少し感慨深いものがあり、本当に良い時期に来れたと思いました。

私が住む開発区ではなく、市内のホテル・ニッコー大連(大連日航飯店)に私も含めて泊まることにしました。
(開発区に泊めても観光スポットが乏しいので…)
看板だけではなくオークラニッコーホテルズの直営で、スタッフには日本人もいらっしゃいます。
ホテル・ニッコー大連

まずはホテルから歩ける距離ということで中山広場と旧ロシア人街を案内しましたが、大人数、子連れということで(予想通り)それなりに時間がかかりました。

夜は「万宝海鮮舫」で海鮮料理を味わってもらいました。
キッチンや生け簀の前で料理を選ぶスタイルですが、中国語ができなくてもまあ何とかなります。
母が久しぶりに目にするシャコにやたらと感動していました。
大連名物珍味のナマコは勧めませんでした(私もダメ)。
万宝海鮮舫(トリップアドバイザー)

子供はホテルに帰ってすぐ寝落ちしました。
朝5時台から動き回り、大人にとっては僅かな1時間の時差も効いたことでしょう。
これまた予想通り。

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清明節帰国②(帰路編)

帰国の一週間ほど前、妻から「子供がテレビを見ていちご狩りに興味を示した」と知らされました。
帰りは午後便なので少し時間があり、成田に行きがてらに寄れるいちご狩りスポットはないかと探したところ、

» 果物・野菜の収穫体験 | JAL Agriport株式会社

行きがてらどころか、まさに成田にありました。
JAL直営、国際線ファーストクラスで出されるいちご…と、関心を惹く要素満載で即決でした。

というわけで家族3人で成田に向かいました。

本当にJAL農園でした。

ご満悦🍓

昼食は農園近く、やはりJAL Agriportが運営する「DINING PORT 御料鶴」で取りました。
空港ラウンジで出されるカレーが食べられることで一部には有名だそうです。
予約でいっぱいという人気ぶりでした。
» 古民家風レストラン | JAL Agriport株式会社

食事を終えて空港に行き、保安検査前で家族と別れました。

帰りのCA952便は大連経由の天津行きです。
妻子は展望デッキで離陸まで追おうとしていましたが、離陸タクシー中に子供が眠気に負けたそうです。

機内食に食べ覚えがありました。
多分ANAと同じケータリング会社、同じメニューです(スターアライアンス繋がり?)。

大連では全員一度降機し、天津まで行く乗客は途中で別ルートを案内されていました。
その先に入国審査と思しきブースがありました。

ところで本題と関係ありませんが、CAの機内安全ビデオが好きです。
いかにも中国の一般的イメージをそのままビデオにしたような。

CZの機内安全ビデオのしっとり感も好きです。

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清明節帰国①(往路編)

4/4-6の清明節連休で帰国しました。
まず向かった先は、

仙台です。スタンプ集めです。
WordPressを使ってみる / 出入国スタンプの話 | BOARDING!

CA(中国国際航空)に乗るのは初めてでした。
機材は小型のB737でしたが、他の中国キャリアより気持ちシートが広かったように思えました。

ほぼオンスケで仙台空港に到着し、14:28発仙台行きの列車に乗りました。
東京にいるうちはなかなか使う機会を見出せない空港です。

仙台空港鉄道の起点、名取で列車を降りて、東京までの切符を買いました。
常磐線経由で。

14:54発原ノ町行きは前方701系4両+後方E721系2両の6両編成、ボックスシートのあるE721系の方に乗りました。
岩沼から常磐線に入りました。常磐線いわき~岩沼に乗車したのは2002年のことですが、2011年以降は地震に起因する不通区間が発生しました。一部の区間は線路が内陸寄りに付け替えられたので、その意味ではまだ乗っていない区間と言うこともできます。

宮城県から福島県に入って最初の駅、新地で列車交換のため停まりました。
この前後の浜吉田~駒ヶ嶺間が先述の線路付け替え区間であり、新地と隣の山元の駅舎は津波に呑まれて文字通り跡形も無くなりました。
新地では停車中の列車も津波に巻き込まれ、辛うじて残った跨線橋の横で車両が横転大破していた様子は衝撃的でした。
新地駅 – Wikipedia

原ノ町では11分の乗り換えで16:20発水戸行きに接続しました。
首都圏方でもお馴染みのE531系5両での運転で、運賃箱などは備えていませんがワンマン運転でした。

ここからは原発事故で受けた影響が色濃くなります。
双葉~大野間はかつて複線でしたが、運行再開に当たり片方の線路が外され単線となりました。
この区間を含む浪江~富岡間の運行再開は除染作業や帰還困難区域からの解除をにらみながらとなり、2020年3月に再び列車が走り始めて常磐線全線の再開となりました。

23年前の記憶を辿り、かつてはもっと海が見えていたはずと思いながら車窓を眺めていました。
大野と富岡からの乗車が目立ち、まだこの地に存在する「仕事」の存在を感じました。
富岡には再建工事の真っ只中の時期に訪れていました。
現代版奥の細道 (1) | BOARDING!

18:03着の湯本で降り、公衆浴場「さはこの湯」で入浴しました。
温泉に広い湯舟、中国にもありますが日本には敵いません。

湯本からは特急で東京まで一気に帰りました。19:24発品川行き「ひたち」24号です。
飛行機がもう10分早く着いていたら仙台発「ひたち」も狙えたのですが、普通列車でゆっくりじっくり常磐線と浜通りの現状を眺められたのは、それはそれで良かったと思います。

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中国で絶対にやりたかったこと

それは青島で青島ビールを飲むことです。

渤海 (海域) – Wikipedia

大連と青島は渤海を挟んでひとっ飛びの距離です。
その気になればいつでも行けるだろうと思い続けてやらず終いのまま任期終盤を迎えたわけですが、何と運良く青島出張の予定が入りました。

出張先も心得ていて、仕事が終わったあとにビールの店に連れて行ってもらえました。

1903とは青島ビール製造開始の年です。
ただし中国最古のビールではなく、最古は1900年のハルビンビールなのですが、知名度は圧倒的に青島ビールが上回ります。
ビールと言えば青島、チンタオと言えばビール。

青島ビール博物館直営、テンションが上がる一方です。

白、黒、IPAなど様々な種類が並んでいますが、この「原浆」は無濾過、原液の生中の生と言えるでしょう。
これをサーバーから注ぎ立ての状態頂きます。

並べただけで眼福。
原浆が最高でしたがどれも美味。
大好きなビールに溺れた40歳最後の夜でした。

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