吉林滑雪旅行②

翌日も朝一からゲレンデに出ました。

作りかけ?のジャンプ台がありました。
日程や進捗はさておき、本格的な競技にも使用できる施設を目指しているようです。

展望台からは、真っ白な湖面の松花湖が望めました。
コース、または時間により、様々な景色があります。

正午にチェックアウトできるよう切り上げました。
帰り際、ホテルの方に思いのほか人が多かったという感想を伝えたところ、意外と南方からの来訪者も多いと返ってきました。
ウインタースポーツを楽む層には偏りがあるかもしれませんが、中国国内で楽しめる冬のアクティビティスポットとしてそれなりに認知されているということか、と思いました。

14:06発大連北行きG8016列車で帰りましたが、この日の大連行きの直通列車は全て満席でした。
この日に限りませんが、高鉄は総じて混むので、早めの予約がお勧めです(今回も当日の気分で帰りの便を決めようかと思ったこともありましたが、やらなくて大正解)。
帰りの席は進行方向壁側の三列席真ん中で窮屈なのを覚悟していましたが、写真の通りガラスドアの目の前で開放感があり、足元も狭くなく、むしろ当たりだったと思います。

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吉林滑雪旅行①

隣の吉林省にはスキー場がある、と大連赴任前から把握していました。
歴史は浅くなく、満鉄の観光案内にも載っていたとか。

その中でも、西武グループが開発に参画した松花湖スキー場は中国一の水準と言われています 。
トップページ | 松花湖スキー場

偶然、仕事関連でプリンスホテル関係者の方とお近付きになる機会があり、もろもろお世話になりつつ行ってきました。

朝5時半、自宅近所からバスに乗りました。
市内と開発区とを結ぶ赤い車体の2001路バスは朝5時から運行しており、そこそこ早い列車や飛行機に乗りたいときにも使えます。

朝6時、大連北駅。
長春、吉林を経由して長白山に向かう7:09発G8039列車に乗りました。
駅に到着した直後の人影はまばらでしたが、列車の発車に合わせて続々と人がやって来ました。

初めて高鉄の窓際の席に座って、そういえば左側通行だと気付きました。
(地下鉄や路面電車は車と同じ右側通行)
中国全土で都市間鉄道は左側通行ですが、満鉄の影響ではないかという説があります。

大連から約4時間で吉林に到着しました。

スキー場に向かう前に、吉林市出身の会社のスタッフから勧められた店で食事をしましたが、この牛串が日本人好みの醬油味で、とても美味でした。
彼女曰く、この辺りの味らしいです。

吉林市街からホテルまでは車で40分ほど。
遠目にもスキー場と分かる山肌が見えました。

松花湖プリンスホテルは目の前にゲレンデが広がり、ホテル内に用具レンタルや更衣室も備わっており、すぐにゲレンデに出ました。
ここまで日本のそれとほぼ何も変わらず、違いと言えばヘルメットを着用しないと滑れない(リフトに乗せてもらえない)ことくらいです。

ちなみにスキー板は「双板」、スノーボードは「単板」だそうです。

山頂には飲食ができるレストハウスがあり、ちょうど日没の雰囲気も漂ってきました。
リフトは16時でいったん営業停止になりました。

ナイター準備作業中。

山頂へ登るゴンドラは夜も営業し、オレンジ色の吉林市街の夜景目掛けて滑り降りました。
このときの気温はマイナス15度前後で、雪質も上々でした。
この辺りの寒さのピークは1月下旬から2月上旬だといい、下旬はどうかなと思っていたのですが、運良く寒い週末に当たりました。

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春節帰国まとめ (1/25-2/3)

春節休暇に一時帰国しました。
今年は(これからも?)国策により年間休日が2日増えたことにより、会社の休みも長くなりました。

任期を考えると、長めの帰国はこれが最後になるでしょう。

【帰国前に】

1/26(日)に帰る予定でしたが、数日前から同日早朝の悪天候が予報されていました。
開発区から空港までまともに行けないかもしれないと会社の人たちに勧められ、空港目の前のホテルに前泊しました。

夜は地下鉄で市内に出て、食事がてら歳末の市内の雰囲気を軽く味わいに行きました。写真は中山広場にて。

【フライト】

往復CZ。
今回の帰国とは関係ありませんが、2月からCZの東京便もデイリー運航となり、東京-大連線はJL/NHと合わせて1日3便+CAが週4便にまで増えました。

春節限定(多分)機内食パッケージ。

【従妹と】

家に帰ると母親と弟一家が遊びに来ていました。
弟の子供も2/8で1歳になり、動きも表情も豊かになっていました。

【看病】

子供が熱を出し、妻が仕事に出ている間は家で面倒を見ていました。
一日中二人きりで過ごすのは初めてのこと。

そして風邪をうつされたらしく、入れ替わるように私も病院へ…。

【雪遊び】

土日でスキー場に連れて行きました。

初めての銀世界にご満悦だったよう。

お風呂が好きです。

新幹線も好きです。

行先はこちら。スキー場としては小規模ですが、子連れで雪遊びを楽しむにはちょうどいい規模です。
水上高原/奥利根温泉 藤原スキー場【公式HP】 | コースガイド

【育児禄】

  • 語彙が増えた
  • 私のものは「とーしゃん」と呼ぶ
  • 何かに登りたがる、手足の力が強そう
  • エレベーターのボタンに手が届いた
  • テレビや動画を見るよりおもちゃや絵本で遊ぶほうが好きそう

こんな変化が日常になる日ももうすぐやって来ます。

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ハルビンで迎えた新年

日本の家族と年越しあいさつ電話をし、日本の年明けを見届けたあと、中国時間の0時に合わせて外に出ました。
年を跨いだ頃、ちょうど氷祭りメイン会場で花火が上がりました。

中国の一大事は旧正月に当たる春節ですが、いわゆる元旦もそれなりに盛り上がります。
あいさつで良く「新年快乐」と言いますが、「元旦快乐」もあります。
元旦と春節とで 「新年好」と「过年好」を使い分けるとも教えられました。

朝、真っ白に凍り付いた松花江沿いを歩いていると、誰も待っていない滑り台を見つけました。
昨日メイン会場で見たのとはスケールが小さいですが、十分味わえました。

手前の鉄橋はハルビンから更に北(鉄道を敷いたロシアから見たら南)を目指した東清鉄道の一部であり、隣に新しい鉄道橋が架かった今でも歩道橋として残され、松花江を歩いて渡ることができます。

鉄道の遺構も残っています。

対岸の太陽島との間にはロープウェイも営業しています。

中央大街は様々な店が集まっているだけでなく、ロシアの雰囲気を特に色濃く残す一帯でもあります。
写真の門には「建築技術博物館」という表記が見えます。

ハルビンとロシアの関係を象徴するのはロシア正教の教会群だと思います。
その中で最も有名なのが聖ソフィア大聖堂で、中央大街から少し歩いた繁華街の中にあり、周辺広場とともにひときわ目立つ存在です。

私は2007年にシベリア鉄道でロシアを横断し、2010年にサハリンを縦断し、2011~2012年は会社の業務研修先としてロシアを志願し…と、好き好んでロシアに赴いていました。
その辺りを知る人が、私の大連赴任の話を聞いて「大連…ロシアが名付け、日本が漢字を当てた街という意味で君にピッタリの街だね」と言いました。
今のロシアを取り巻く情勢は残念極まりませんが、私にとってはいい意味での思い入れがある国でもあり、その雰囲気を久しぶりに感じられたのがハルビン散策の醍醐味でした。

帰路はハルビン駅から13:42発大連北行きG774列車に乗りました。
中国の鉄道駅(だけではありませんが)は画一的な構造ですが、ハルビン駅は屋根の骨組みや色合いに独特の雰囲気と旅情を感じます。

ハルビン駅と言えば、日本では伊藤博文暗殺の場として教科書にも載っています。
中央大街にはかつての日本企業の建物も残っていますし、大連、瀋陽、長春に続き、この辺りの地が日本も含めた様々な歴史が交差している場所だということも改めて良く分かりました。

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ハルビンで迎えた歳末

ハルビン、漢字で書くと哈爾浜。
中国の最東北に位置する黒龍江省の省都です。

名物にハルビン氷祭り(哈尔滨冰雪大世界)があります。
札幌の雪まつり、カナダのケベック・ウィンター・カーニバルと並んで世界三大雪まつりの一つとされています。
中国で過ごす最後の冬、祭り見物のついでに新年もハルビンで迎えることにしました。

大連北8:02発のハルビン西行きG47列車は、6月に長春に行ったときにも利用しました。
途中瀋陽北と長春西にしか停まらない最速の列車です。

黒龍江省の景色です。これで東北三省全てに足を踏み入れました。

出発前の段階でこの日の氷祭り入場券が売り切れていたのですが、車中で再度検索したら空きが出ていました。
即座に購入して、一応押さえていた翌日の入場券はキャンセルしました。
こういうことが総じて簡単にできるのが中国の良いところです。

ハルビン西まで約3時間半、料金は二等車で472.5元でした。

昼食は有名な老舗レストラン「老厨家」で鍋包肉とハルビンビールを。
鍋包肉は老厨家の料理人が当地ロシア人向けに考案した料理だそうです。

長春、瀋陽に続いてかつてのヤマトホテルである龍門大厦に泊まりたかったですが、あいにく長期休業中のようでした。
代わりに1906年にユダヤ系ロシア人が開業したモデルンホテルに泊まりました。

氷祭りのメイン会場以外でも、街中に様々な氷像や雪像が並んでいました。

冬のハルビンの日没は早く、16時前には日が沈みます。

メイン会場近くに地下鉄の駅があります。
その名も「冰雪大世界」駅、会期中だけの臨時駅ではありません。

メイン会場に到着した頃には空は真っ暗になり、氷像が色とりどりにライトアップされました。

文字通り、氷漬け。

今年は「アジアの友好」的なテーマだったようです。
日本代表は大阪城、どのくらい再現しているかは分かりません。

氷祭り名物の大滑り台ですが、チケットの買い方が分からず、買えても寒空の下とんでもなく待たされそうだったので、滑るのは断念しました。

2時間ほど歩いて回っていたら身体が冷え切ってきたので、一度ホテルに戻りました。
ホテルはメインストリートである中央大街に面していて、通りは夜になっても人通りが絶えませんでした。

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歳末弾丸帰国②

土曜に帰国して、日曜に戻る。
大連だからこそできる芸当です。

関空から戻ることにして、三重の実家に帰省する妻子に東京から名古屋まで同伴することを思いつきました。
大繁忙期の東海道新幹線の指定席確保を考えましたが、行程が違う乗客同士が席を隣り合わせにしようとすると予約操作が2回必要になります。

歳末の列車の指定券を予約するのは初めてで、どれだけの競争率か皆目見当がつかず、

  • 広島、博多行きより新大阪行きの方がライバルが少ないはず
  • 窓際席はみんな欲しがるはず
  • B席(3列席真ん中)が一番人気がないはず
  • DE席を欲張らずにまずC席(3列席通路側)を押さえてBCの並びを狙うべきか?

…と、いろいろ考えながらスマートEXを発売日10時打ちで操作しました。
結果的にはそこまで切羽詰まらずに目当ての列車のD席(名古屋まで)とE席(京都まで)が取れた(アクセス集中で操作が中断して焦ったことはあった)のですが、とりあえず本気出しておいて良かったかなという感じです。

西武池袋線から東急新横浜線経由での新横浜アクセスを試してみました。
Fライナーから武蔵小杉での乗り換えは同一ホームで楽、新横浜での乗り換えはやや距離があるので、菊名までFライナーで行って横浜線に乗り換えるよりトータルで良くなったかどうか?

予定通りの新幹線に乗り、名古屋到着前の車内で妻子と別れました。
子供が、降りてこない私を名古屋駅のホームで探していたそう。ちょっと切ない。

一人になった私は京都で関西空港行きの特急「はるか」に乗り換えました。
増結用に増備された271系(新しい)を狙って付属編成中の8号車指定席を取り、期待通り271系でした。

京都駅30番線から発車して嵯峨野線の線路を通り、地下化された梅田貨物線に潜り…。
この電車今どこ走ってんねん感が面白い列車です。

関空到着、そして富山行きに引き続きまたグラコロ。

フライトも富山行き同様、春秋航空9C6988便で大連に戻りました。

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歳末弾丸帰国①

2025年元旦は週のど真ん中の水曜日だったので年越し帰国は見合わせましたが、歳末の週末で帰ることにしました。

12/27金曜日の仕事が終わったあと、真っ直ぐ空港に向かい、

まず上海を目指しました。

街に出る気は全く無かったので、空港内のホテルで1泊しました。
昔の共産主義国はこういう建物作りそうだよなと思いました。

翌朝、茨城行き春秋航空9C8987便は前日時点で1時間10分の遅れが予告されていて、遅れた時間に合わせてチェックインしました。

上海に来たのは茨城に飛びたかったから、それだけです。

イミグレ、セキュリティチェックから案内に導かれるままに歩き、電車に乗り。
上海浦東はとにかく広大です。

まさか茨城便専用機材なのか?と思いましたが、茨城発でない翌日の帰り便にも貼ってあったのでそうではなさそうです。

ちなみに春秋航空では「茨城(東京の近く)」と案内されます。
またFlightRader24で追うとIbarakiではなく、Omitama(小美玉)。

茨城空港は民間施設の通称のようなもので、正しくは百里飛行場だそうです。
航空自衛隊百里基地との共用の飛行場です。
百里飛行場 – Wikipedia

帰国スタンプ画像はこちらに。
WordPressを使ってみる / 出入国スタンプの話 | BOARDING!

JR常磐線の石岡駅まで路線バスが出ています。
このバスは途中から、2007年に廃止となった鹿島鉄道の軌道敷を利用して整備されたバス専用道路を走行し、かつての駅名そのままの停留所もあります。
鹿島鉄道はかつて百里基地への燃料輸送を大きな収益源としており、このルートには今も昔も飛行場との縁があります。

石岡から特急「ときわ」に乗り、自宅に帰りました。
日本は年末年始連休の初日でしたが、東京に向かう逆方面の列車はさほど混んではいませんでした。

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日本旅行(富山→大阪編②)

宿の風呂は熱々の源泉かけ流しで、朝に少し長湯したらしばらく足の痺れが取れなくなりましたが、源泉の温度は温泉の実力の一つだと思うので満足しました。

チェックアウトしたあと、列車が来るまで温泉街を散歩しました。
公衆浴場「白鷺の湯」には昨日のうちに行っておけば…と思いましたが仕方なし。

駅に戻って、8:46発名古屋行き特急ひだ2号に乗りました。

列車は飛騨川に沿って走ります。
ご多分に漏れず高速道路との競合が激しそうですが、この景色は列車でなければ味わえないもののはずです。
しかし高山本線に初めて乗ったのは確か2000年の夏でしたが、全くと言っていいほど覚えていませんでした。
中学生のときに乗り鉄に目覚めて、22年後の2019年にJR全線乗車を達成しましたが、特に中・高時代に乗った路線の印象が薄いです。
当時はフィルムカメラで今のように記録に残せなかったり、景色そっちのけで友人と話していたりと。
なので乗り潰しからの乗り直しを旅のテーマの一つにしています。

10:34に名古屋に到着して、地下の近鉄ホームに降り、

11:00発の大阪難波行き特急ひのとりに乗りました。
写真の通り、みんなに大人気です。

+700円で乗れるプレミアムシートを狙っていましたが、3週間前の時点で満席になっていました。
日本にいる職場の後輩と共同戦線を張り(二人でキャンセルが出たかをマメに確認していただけ)、1週間前の夜に空きが出た座席を確保できました。
ちなみにキャンセルを見つけたのは後輩で、外で食事中に電話を受け「空いた!?」「空きました!」「すぐ押さえて!」と。

ただただ格別なひとときでした。
近鉄は特急を作るのが本当に上手な会社だと思います。

昼食は南海なんば駅改札のマクド(関西だから)で久しぶりのグラコロを。

関空への移動は南海のラピートではなく、敢えて和歌山市行きのサザンに乗ってみました。
何というか国鉄型感があり、これはこれで味がありました。

泉佐野で空港急行に乗り換えて関空に渡り、T1からT2へシャトルバスで移動して、16:30発の大連行き春秋航空9C6988便にチェックインしました。
9月に乗ったスプリング・ジャパン運航の成田便と違い、中国の春秋航空本体が運航し、キャビンクルーも全員中国人でした。
関空-大連線は春秋航空がデイリー運航して、関西方面の在大連日本人にとっては馴染み深いキャリアかもしれません。

関空T2はターミナルから機材まで歩きます。

大連市内の夜景を見ながら着陸。不満ないフライトでした。

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日本旅行(富山→大阪編①)

今年はコロナ禍以降の訪日客とビジネス需要の回復を背景に、多くの国内空港で中国便が復活しました。

かつてこのように書いていた通り、出入国スタンプを集めるのが趣味です。
これはコレクションを増やす絶好のチャンスだと思い立ち、行き先第一弾に選んだのが

国慶節休暇中に乗った上越新幹線車内にて

富山です。

富山行き中国南方航空613便はこれまで利用した中で一番早い7:25発。
バス+地下鉄では間に合わない恐れがあったので、5:00にタクシーを予約しました。
タクシーの予約はDiDi(滴滴)で簡単にできました。

搭乗率は40%前後といったところだったでしょうか、私の列には誰もいませんでした。
機内食も他の国際線同等のメニューでした。

定刻より30分ほど早い10:30頃に到着しました。
乗客はほぼ中国人で、「日本人の方いらっしゃいますかー?」と言われて先に入国審査を受けました。

早着のおかげで1本早いバスに乗ることができ、富山駅でゆっくり昼食をとれました。
ラーメンが無性に食べたかったのでラーメン屋へ。
前にも書いたような気がしますが、大連の日本食のレベルは非常に高くて全く食うに困りませんが、ラーメンだけは日本レベルを見たことがありません。

富山を訪れたのは2015年以来で、路面電車網の進化も見て行きたかったですが、それはまたの機会に。

13:08発の名古屋行き特急「ひだ」14号は、あいの風とやま鉄道のホームの端、JR線ホームから発車します。
車両は最新鋭のハイブリッド気動車HC85系です。

この日は天気が悪く残念でしたが、富山平野とその背後に聳える立山連峰は日本でも一番好きな景色の一つです。

猪谷からはJR東海区間に入り、県境の辺りは雪景色でした。

14:39着の高山で降りました。列車はここで増結して名古屋へ向かいます。
降りて初めて、同乗の旅客に外国人観光客が結構いたと分かりました。

高山の古い町並み散策。ちょうど天気も良くなりました。

16:39発の美濃太田行き普通列車からも数名の外国人観光客が降りて来ました。どこから乗ってきたのか?飛騨古川?猪谷乗り換えの富山?
車両は転換クロスシート装備のキハ25系1次車でした 。昨今地方線区でもロングシート車が投入されるようになり、鉄道会社の経営事情を考えれば止む無しなのでしょうが、クロスシートが当たり前だった少し昔が懐かしくもなります。

17:45着の下呂では既に空は暗くなり、また雨も降り出していました。
宿は駅から徒歩10分ほどの「民宿 松園」、併設の食堂で飛騨牛を頂きました。

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大黒山

大連開発区の北側に大黒山という山があります。
大黒山 – Wikipedia

残りの任期を意識するようになり、まだやっていないこと、いるうちにやりたいことを考えている中で「よし、登ろう」と思い立ちました。

頂上まで登って降りるまでおよそ3時間程度でした。
なかなかしんどい箇所もありましたが、下から上まで道や階段は整備されているので、誰でも登れます(実際、周りの人たちは老若男女問わず)。

大連開発区は今年設立40周年を迎えました。
設立の頃を知る人々は、この辺りは荒地が広がるだけで何もなかったと言います。
地域は大きく姿を変えましたが、この山は今も昔も変わらずこの場所に聳え、発展を見守り続けたと考えると感慨深いものがあります。

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