国境の街丹東②

深夜には橋のイルミネーションが消え、対岸の明かりが良く見えました。
朝は暁光を受け落ち着いた佇まいの橋を見ることができ、やはり川辺のホテルをリクエストしたのは大正解でした。

丹東郊外へ足を延ばすため、別に車と運転手兼ガイドを手配していました。
実は7月には一人で行くつもりで手配し、天気が悪かったのでキャンセルしたところ、「中止ならキャンセル料を請求する、延期ならいつでも良い」と言われて保留していたものです。
まず案内されたのは、朝鮮戦争時にここから中国軍が朝鮮に渡ったという場所です。
こういう場所に立ち止まってくれるのは地元ガイドならではかと思いました。

「一歩跨」と呼ばれる場所が複数あります。
文字通り、川とも呼べない程度の水路を挟んで、向かい側は北朝鮮という場所です。
同僚が「一歩跨はたくさんある、川は領土の境界線ではなく、共有しているのだ」と教えてくれ、なるほどそういう見方もあるかと思いました。
何事もなければ、明確な線引きは必ずしも必要ではなく、むしろはっきりさせない方が良いこともあるかもしれません。何も起きなければ。

市街から40kmほどの河口断橋を目指していると思っていたら、そこを通り過ぎて案内されたのが上河口の国境門でした。
ここにも鉄道橋が途切れずに対岸に掛かっていて、ここが国境であることを一番強く感じられた場所でした。
この場所は私も全く知らず、地元ガイドを頼んでいなければ、ここに来ることはなかったかもしれません。

この路線は鳳上線といい、鴨緑江を渡って北朝鮮の平北線に接続しています。
終点の上河口駅付近には観光列車が走っていたり、駅を模した遊歩道がありましたが、ほとんどの線路は草生してほとんど廃線の趣です。
鳳上線 – Wikipedia

改めて、河口断橋も鴨緑江断橋同様に日本が建設し、朝鮮戦争で破壊された橋です。
ここから遊覧船が出ていて、早々に船に乗り込みました。

船は対岸の近いところを航行し、道行く人々まで良く見えました。
「人がいるぞ!」と言いながらカメラを一斉に向けるこちらの人々。
それに見向きもしないあちらの人々に 、川向こうの景色はどう映っているのか。

もうもうと砂煙を上げて走るバス。未舗装なのでしょう。

船を降り断橋の端まで歩くと、こちらにも集落と思しきものが見えました。
「あれがかの国か…」
丹東は、そのことを手の届きそうな距離の中に感じることができる場所です。

毛沢東の長男、毛岸東は朝鮮戦争で戦死しましたが、この辺りから朝鮮に渡ったとされています。
そのことを記念して建てられたのが毛岸英学校です。

丹東の中心と河口断橋の中ほどにある虎山長城は、いわゆる万里の長城の東端です。
これを登りきると、両国の景色が一望できました。
「地球の歩き方」によれば1469年に建造が始まったとされていますが、この場所まで長城が築かれたということは、ここは今も昔も国境だったということだろうかと想像します。

虎山頂上付近にも一歩跨がありますが、厳重なフェンスで仕切られていました。
同僚も「前に来たときは無かった」と言っていたので、観光地ならではの処遇なのだろうと思いましたが、朝に視界を遮るもののない一歩跨を訪れることができていたのがラッキーでした。

ホテルでガイドと別れ、同僚の車で大連に戻ったのは18時頃でした。
何から何まで安パイ(安排=手配)してくれた同僚には感謝です。

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国境の街丹東①

遼寧省南部に丹東市があります。

丹東市 – Wikipedia

地図やWikipediaの解説から分かる通り、鴨緑江を挟んで北朝鮮に接する国境の街です。
ここは大連への出向が決まったときから是非訪れたいと思っていました(7月に少し通り掛かりましたが)。国境大好きなので。

そんなわけで会社の同僚に「一緒に旅行に行こう、どこに行きたい?」と聞かれたときには「丹東!」と即答し、お互いタイミングの合ったこの時期に行く機会ができました。

前日金曜日、終業とともに同僚の車に乗り込み、丹東を目指しました。
大連から距離にして約280km、高速で3時間ほどの道のりです。

到着後ホテルにチェックインして、朝鮮焼肉の店に行きました。
土地柄、朝鮮料理の店が多いです。
同僚には「日本人はみんな焼肉大好きだよ!」と。
同僚の子供は日本で仕事をしているので、分かってるよという素振りでした。

翌朝は7時半にホテルを出て、まず抗美援朝記念館を案内されました。
朝鮮戦争の際、中国はいかにしてアメリカに抗い、朝鮮を支援して戦ったかをテーマにした博物館です。
国境に争いはつきものですが、当時ここに存在したのは国境を挟んでの対峙ではなく、その先にある懸念だったことが良く分かりました。
もし私一人の旅だったら、ここを訪れることはなかったでしょう。

2時間ほどじっくり展示を見て、今日泊まる予定の中聯大酒店に移動し、同僚の計らいでアーリーチェックインができました。
このホテルは鴨緑江に面した場所にあり、川とその対岸が良く見えるホテルに泊まりたいと私がリクエストしていたのでした。
手違いがあったのか、最初に案内された部屋が川と逆側で、同僚を通じて川側に変えさせたのですが、これも私一人だったらどうにかできたか分かりません。
6月の琿春・長白山もそうでしたが、この国の旅行は懇意の同行者の存在がとにかく心強いです。

改めて、部屋から鴨緑江に掛かる断橋とその隣の中朝友誼橋、そして対岸のかの国を眺めてひと満足できました。
それぞれの橋の解説はWikipediaに譲ります。

鴨緑江断橋 – Wikipedia
中朝友誼橋 – Wikipedia

ホテルのレストランで昼食にしたあと、午後はまず断橋を渡りに行きました。
かの国をより間近に見ることができますが、中国側はすっかり観光地化され、国境という緊張感はありません。
対岸にも物々しさは皆無…というより、誰も見当たりませんでした。
遊覧船の運航もあるのですが、この日は風が強く、あいにく運休となっていました。

そのあと錦江山公園に登って景色を一望し、日が暮れるまで鴨緑江の河辺を歩きました。

夜は安東老街へ。様々な飲食店が集うフードコードのような場所です。
安東とはかつての地名です。

夜の橋は、いかにも中国らしい派手なイルミネーションに彩られていました。

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国慶節帰国まとめ (9/28-10/6)

【フライト】

NHで往復しました。
中国系キャリアの方が早く帰れ遅く戻れるので好ましいのですが、土曜日はCZもCAも便がないため。

【出発直前】

突然家の水が出なくなりました。
隣の住人によれば、何か壊れたとのこと。
洗濯をし損ねたまま空港へ。

【所沢】

帰国翌日は妻の提案で所沢に行きました。
所沢は本当に雰囲気が変わりましたね。
西武池袋線沿線に40年住んでいて、所沢に遊びに行くという発想が無かったですが、他所から来た妻にはその辺の先入観がありません。
池袋に出るよりよっぽど近くて便利じゃないかと。

私の母が仕込んだ「おいしいおいしい」のポーズ

【家の中は危険がいっぱい】

とは、私たちのこと。
ニコニコしながら物干し中のベランダや用足し中のトイレのドアを閉めようとしてきます。
特にトイレのドアは何かがつっかえて開かなくなると笑えないので、スマホは肌身離さず持っているべきだと思いました(緊急通報用)。

更に、

アイスを食べようとしたら、

獲られて、

無くなってしまいました。
油断も隙も情けも容赦もありません。

【予防接種】

お注射のために病院へ連れて行きました。


余裕の表情を浮かべるも、


痛い😢


割と早く立ち直りましたが👏

【風呂好き】

妻子がいない間に少し足を延ばし、温泉に行っていました。

親子揃って風呂好きです。

【運動会】

10/5にちょうど良く保育園の運動会が予定されていましたが、天候不順により延期となってしまいました。
初めての実地観覧は来年までおあずけです。

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中秋節帰国③(帰路)

9/17、平日です。
4月からですが妻が産休から復職したので、子供を保育園に預けると私一人になります。
夜のフライトまで日中まるまる時間があったので、

まずは我孫子経由で成田へ。

成田から京成成田駅へ移動して、芝山千代田行きに乗りました。
隣の東成田までは京成東成田線、その先の一駅区間が芝山鉄道です。

全長2.2kmの芝山鉄道は日本で一番短い鉄道を売りにしています。
建設の経緯は成田空港建設が大いに絡んでいますが、詳しくは省略します。
せっかく来たので周囲を探索してみようと思いました。

駅から3kmほどのところに「ひこうきの丘」があります。
滑走路近くにあり、離陸する飛行機が良く見えました。

戻りは時間を合わせて路線バスに乗ってみました。
今回初めて成田空港の外を歩きましたが、空港周辺の雰囲気を味わうのは楽しかったです。

成田空港温泉空の湯。汗を流すのにもってこいでした。

再度列車に乗りました。ワンマン幕の存在に気付きました。

隣の東成田で降りました。
かつてはここが成田空港駅を名乗り、空港利用客を捌いていましたが、1991年にターミナルにより近い位置に現在の成田空港駅が完成し、名前も役割も譲って現在に至ります。

存置されたのは2面4線の広い構内だけでなく、使用休止となった片方のホームに備品や看板類も当時のまま残されています。
ここは紛れもなく「成田空港駅」だったのでした。

空港第2ビル駅へは地下通路で連絡することができます。
これは良く知っている成田だ…と思いました。
朝早いフライトで時間が惜しかったり、スーツケースがあって移動が面倒だったりと、なかなか機会を見つけられませんでしたが、東成田からの空港アクセスを一度やってみたかったのです。

再び第3ターミナルへ移動してチェックインを済ませました。
写真を撮っていませんでしたが、国内/国際線共用ターミナルなので、当然国内線用と国際専用のセキュリティチェックは同じ建物の中で分かれていました。

半日かけて寄り道を重ね、ようやく最終旅程です。

中国は中秋節、大連空港からの帰り道の頭上には、雲の切れ間から中秋の名月が顔を覗かせました。

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中秋節帰国②(育児録)

休暇中日は敬老の日、家族で出かけることにしました。
特急かいじ7号を山梨市駅で降りました。

果物狩りさせたいねと話をしていたら、ちょうどいいイベントを見付けたのです。
笛吹川フルーツ公園で開催されるぶどうフェスです。

水遊びは好きですが、これはやや怖がり気味。

キッチンカーが出ていて、広場で食事をしました。

この日は雨予報でしたが、見事に外れてくれました。

これほしい(※食用に生っているものではありません)

食べるときの口が大きいです。

テレビの取材が来ていました。カメラ目線。

食後の運動。

帰りは特急がことごとく満席で、普通列車で帰りました。
コロナ禍が明けて、日本国内も人の動きが戻ったことを改めて感じました。

夜は家の近所のお好み焼き屋へ。自分でソースをかけたがりました。

帰国のたびに育児禄をメモしていましたが、最近は新しい動作や仕草を次々繰り出すので覚え/書き切れなくなってきました。
月並みですが、成長が早いことに驚きます。

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中秋節帰国①(往路)

9/15-17は中秋節の三連休でした。
月末からの国慶節も帰国するし、この三連休は帰るか帰るまいかと考えていたのですが、

新規就航…。
これは面白そうだと思い帰国を決意しました。
予約時の料金は往復合計2,279元で、私が把握している限りで最安水準ですが、突き抜けて安かったかというとそうでもありません。

9/15朝、気温は15度。
早くも大連には秋の気配が漂っていました。
バスと地下鉄を乗り継いで空港へ。

フライトはWeChatアプリで行い、有償の座席指定(2列目のレッグシート片道900円)をスプリングジャパン公式Webから行いました。
チェックイン、搭乗は特に滞りなし。

LCCらしく、機内食と飲み物のサービスはありません。
クルーは日本人か日本語ができる中国人でしたので、日本人的には〇です。
お茶と一緒にスカイライナーの割引券を買いました。

成田着。
気温33度、夏に戻りました。

降機後はバスでLCC向けの第3ターミナルへ。
成田の入出国印は第1ターミナルがNARITA(1)、第2ターミナルがNARITA(2)です。
NARITA(3)か?と期待していましたが(2)でした。

運賃は手頃で日本滞在時間も長く取れ、これは使い勝手が良いと思っていましたが、運航は予定通りの期間で終了してしまいました(これを書いているのは11月下旬)。

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夏が終わる

今年の大連はやけに蒸し暑く、気温が30度を超える日も8月末まで続きましたが、9月に入って涼しくなってきました。
今週を通して最高気温は25度前後です。
このまま気温が下がっていって、国慶節を過ぎると長袖が欲しくなるのが例年のパターンです。

2022年6月に大連にやって来て、任期3年と言われているので、その通りであれば来年の今頃には大連にはいないはずです。

この大連生活の恐らく最後の夏が、多分終わりました。

今週のある朝、自宅から
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家族来連まとめ (7/21-27)

去年に引き続き、今年も妻子が大連にやって来ました。

【旅程】

妻の休みに合わせて7/21(日)-27(土)の7日間。
早朝出発を避けて往路は中国南方航空630便(成田13:25発)、帰路は全日空904便(大連13:15発)を選びました。

【ビザ】

訪中にはまだビザが要ります。
申請代行は、去年同様こちらにお願いしました。
海外旅行格安航空券、中国発格安航空券ならシェルツーリスト (ciel-jp.com)

ビザ種類はS2(中国に滞在している外国人訪問用、180日以下)です。
去年は結構時間がかかりましたが、今年は書類を揃えてから1週間程度でビザが下りましたので、ビザ申請・取得環境は随分改善したようです。

【生活】

去年買ったクッションマット、ベビーチェア、ベビーカーを引っ張り出して来ました。

今回は何人かの同僚に家族が来ることを話していて、何日かは夕食に連れていってもらいました。海が見えるレストランにて。

私が住んでいる開発区から車で30分ほどのところに、金石灘という海岸エリアがあります。砂浜デビューも大連にて。

いろいろ出てきて、大体何でも食べました。

私の勤め先の総経理(社長・中国人)から「(私の)任期が終わる前に、また是非来て下さい」と言われました。
任期は来年夏のはずなので、呼ぶのはこれが最後かなと思っていましたが、もう一回企画するかもしれません。

【育児禄】

  • ジェスチャーで伝えてくる
  • おむつ替えを要求してくる
  • 積んであるおむつの一番下のを取ってくる
  • ごみをごみ箱に捨てに行く
  • 野菜は嫌い
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本渓

先日の琿春・長白山に続いて、今回もKさんにお世話になりました。
友人を連れたKさんの車で出発しました。

瀋陽の隣の本渓市内、距離にして100km程度のところに本渓水洞という鍾乳洞があります。

鍾乳洞の中はモーターボートで遊覧します。
圧巻のスケールと、気を付けないと頭をぶつけそうなスリルが楽しめます。
カラフルなイルミネーションは…これも中国ならではということで。

昼はKさんおすすめという店で羊湯を食べました。
これがとにかく美味しくてまた食べたいと思っているのですが、大連にはあまり店がなさそうという雰囲気を感じています。

帰りは瀋陽駅まで送ってもらいました。
瀋陽駅の駅舎は日本人が設計し、東京駅のような雰囲気があります。
ちなみに大連の場合は高鉄が北駅、一般列車が大連駅と概ね使い分けられていますが、瀋陽の場合は南北と合わせて3駅それぞれに列車が停まったり停まらなかったりする(高鉄は北駅停車が多いか?)ので要注意です。

瀋陽始発で途中ノンストップという大連北行きG8062列車で帰りましたが、

思わずハッとしてしまいました。

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丹東経由瀋陽行き

友人の帰任が目前に迫り、最後の最後にまた出かけようと誘われ、瀋陽に向かいました。

大連北駅から瀋陽行きD7733列車に乗りました。
この列車は哈大旅客専用線を経由して真っ直ぐ瀋陽に向かうのではなく、 丹大高速鉄道と瀋丹高速鉄道を通り丹東を経由する便です。
そんな案内は駅にも列車にもありませんが、中国の長距離列車はホーム別、列車別改札なので、切符を買う時点で選び間違わなければ意図せず遠回りをさせられることはありません。

大連北からちょうど2時間で丹東に到着しました。
丹東は、鴨緑江を挟んで北朝鮮に面した国境の街です。
この日はあいにくの天気だったので鴨緑江周辺に足を延ばす程度にしましたが、大連にいる間に絶対にしっかり見て回りたい場所です。

瀋陽経由吉林行きG8106列車を瀋陽南駅で降り、地下鉄に乗り換え、遼寧賓館にチェックインしました。
この前身は満鉄が運営していた奉天ヤマトホテルで、ステンドグラスに日本を感じました。

遼寧賓館は中山広場に面して建っています。
大連同様、瀋陽の中山広場にも旧日本統治時代からの建物が現役で使用されています。
大連と趣が異なるのは中央に位置する毛沢東像の存在でしょうか。

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