シベリアの冬を歩く (3) - シベリアの首都ノヴォシビルスクと、極寒の地ヤクーツクへ -

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バスで空港に戻る。チェックインは朝済ませてあり、航空券を手に搭乗口へ向かった。少し時間があったので、バーでビールを飲んで時間を潰す。
飛行機はB737-800での運航だった。通路側の座席に座ると、後から隣席の乗客がやって来た。少し胡散臭い風貌の、アルメニア人だという彼と二言三言挨拶を交わす。更に引き続いて、大きなバッグを担ぎ、まるで山男というような風貌の男性陣がズンズンと乗り込んできた。雪山にでも挑む人々だろうか。そんな乗客たちの登場で機内は妙な雰囲気に包まれた。
ともあれヤクーツク行き3261便は予定通りノヴォシビルスクを飛び立った。機長のアナウンスで、ヤクーツクの気温は-34℃と知る。ノヴォシビルスクでも自己最低気温を更新したのだが、更に寒い場所へと乗り込む。果たしてどんな場所なのだろう?
例によってなかなか寝付けず、恐らく一睡もしないうちに、着陸態勢に入ったことを告げるアナウンスが入った。気温は-35℃、更に下がった。
到着予定はノヴォシビルスクより更に3時間早い、ヤクーツク時間の朝5時だったが、30分ほど早く着くようだった。ただでさえ早朝の到着なのに、更に早く着かれても、やることがなくて困る。
出口のドアが開き、未体験の世界へ足を踏み出す。エンジンがモクモクと吐き出す蒸気にまず驚いた。遠くから見ると、まるで火を噴いているかのように見える。
乗客はバスに乗せられて到着ロビーへ向かう…かと思いきや、空港の敷地と外を隔てる門の前で降ろされた。出迎えの人々はその門の外(もちろん屋外)で待っていて、手荷物を受け取る客は正面玄関からターミナルビルに入り直すのである。
自分も明るくなるまでは行く当てのない人間なので、待合室のベンチで夜明けを待った。5時に着いて、9時半くらいまで居座ったと思う。一回だけ、警備員に声をかけられたが、パスポートと航空券を見せて、これから街へ行くんだと言ったら解放された。
少し空が明るんできたのを見て、出発することにした。ジーンズの下にタイツを履き、膝まである厚手の靴下に履き替え、手袋を二枚重ねにし、ロシア人が良く被っている帽子(名前が未だに良く分からない)を深く被る。自分が考え得る最高の装備だった。
ターミナルビルの前で掃除をしていた女性に、市内へ行くバスはどこから出るかと尋ねると、少し離れたところから出るという。空港からの道のりは静まり返っていて、雪を踏みしめる音だけが良く響いた。
バス停より先に走ってくるバスを見つけ、その先にバス停があった。行先は良く分からないが、次のバスがいつ来るのか分からないし、とりあえず乗った。
少し走ると幅の広い通りに出た。何かの工場か、あるいは給湯所か分からないが、いくつもの大小の煙突が、勢いよく噴煙を上げているのが見えた。工業地帯というわけでもないだろうに、この光景だけでこの土地の異質さを感じてしまった。
異質と言えば、ところどころで道路を跨いでいる配管類もそうだ。永久凍土の上に広がるヤクーツクの街は、夏になると表層が融けて地盤沈下するので、水道管や燃料パイプが地表に作られているのだ。またそのため、多くの建物が高床構造になっており、地下深くにまで杭を打ち込んでいるという。
道路の舗装はやたらと波打っていて、バスは時折横転するのではないか?というくらいに傾いた。決して舗装が悪いのではなく、これもまた地表が融けたり凍ったりするせいだそうだ。
そんな道をしばらく走ると商店やアパートが増えてきて、町の中心に近付いたことを感じさせた。適当なバス停で降りて、現在地を地図で確認する。
早速歩いて見て回ろうと思ったが、すぐに指先の感覚がなくなり、冷気がタイツ越しに足を突き刺した。外気に晒されている顔面は痛いほど強張り、足を動かすのがしんどくなってきた。情けない話だが、限界だと思った。
そんな気候にも関わらず、人通りは意外と多かった。女性は厚手のコートを羽織っている人が多かったが、男性は私とそう変わらない格好をしているように見えた。何が違うのだろう?
そういうわけで、私のヤクーツク探訪はわずか15分で終わった。
通りでタクシーを捕まえて、逃げ込むようにホテルにチェックインした。部屋は暖かく、思わず安心してしまう。少し寝ようと思って横になると、疲れと寝不足とが重なって、目が覚めた頃は薄暗くなっていた。
外で食事をする気はせず、ホテル併設のレストランに入ろうとしたが、どうやら結婚式の二次会か何かに貸切られていた。いつ頃開くのか?とフロントに尋ねると、フロントの女性にはその問いには答えず、部屋まで持って行くから好きなものを選んで下さいと言った。ルームサービスをしてくれるというのだ。
メニューの中にヤクート族の料理というページがあり、その中から馬肉の料理を頼んだ。あと何だか良く分からなかったが、女性が勧めた一品と、ビールを頼んだ。
続けて、明日8:30に空港までのタクシーを頼むと、それだと朝食が食べられないから、今夜のうちに包んでお渡ししましょうと言われた。ルームサービスといい、こういう心遣いは本当に嬉しい。
部屋に戻って待つこと30分、料理が運ばれてきた。馬肉は柔らかく煮込まれ、癖や妙な味付けもないシンプルなものだった。勧められた料理は半分凍らせた魚のサラダで、両方とも美味しかった。
食事を終えたらすぐ寝るつもりが、これでテンションが上がり、ホテル向かいの売店でビールを何本か買ってきて、しばらく雪見酒を楽しんだ。時折窓を開けて、冷気を浴びながら。
翌朝7時に起きて、用意してもらった朝食を平らげた。ホテルにやって来たのは白タクで、空港まで1,000ルーブルと言ってきたが、500ルーブルに値切った。もう少し安くできたかもしれない。
搭乗の場合も変わっていて、セキュリティチェックがチェックインカウンターの手前にある。セキュリティチェックでパスポートを見せると、日本人が珍しいからか、警官がパスポートを持ってどこかへ行ってしまった。もちろんお咎めなしで、すぐに返却されたのだが。
チェックインを済ませ、搭乗ロビーからバスで機体に乗り込むと、ちょうど夜が明けた頃だった。
機体が離陸し、眼下に大河レナ川と、その河畔に広がるヤクーツクの街を望むと、意外と広い街であることが分かる。これほど厳しい気候の中にこれだけの街が広がっていること自体が、少なからず自分に驚きを与えた。ここに住む人々の生活をもっと見てみたいと思ったし、永久凍土資料館やマンモス博物館といったユニークな施設もあるらしい。まだレナ川も見ていない。これきりの訪問ではあまりに惜しい。
また来たい―素直にそう思えた。

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