もう一度、北へ (7) - ロシア・サハリン渡航記 -

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朝起きて荷物をまとめ、チェックアウトを済ませる。大きな荷物はそのままフロントに預け、身軽になった格好で朝食を食べに、いつものカフェに向かった。
食事を済ませたその足で、そのままガガーリン公園、こども鉄道の駅へ。今度は10:00発の始発列車に乗ろうと早めに行くと、列車がホームに止まっていたが、係員らしき人は一人も見当たらなかった。待てども待てども営業する気配はなく、発車5分前になっていよいよ焦り出すと、ようやくそれらしき少年たちが姿を現し、慌てて切符を買った。
テレビで見たのは運転や保守まで子供たちに任されていたが、ここのは車掌と駅員だけを担当していた。乗っている間は遊園地の乗り物とさして変わりないのだが、こんな施設がこの国の各地にある理由は何だろうかと考える。それは鉄道を国家の屋台骨と考え、その運営に携わることのできる優秀な人材を早く育てようという意識の表れではないだろうか。もっともこの方法がどれだけ成果を挙げているかは定かでないが、事実としてロシアの鉄道は施設、技術ともに高い水準にあると思う。

ガガーリン公園からの帰り道にショッピングモールで土産物を物色したが、目ぼしいものは特になかった。空港に売店くらいあるだろうと思って、後回しにすることにした。
朝から気付いていたのだが、街全体が何かのお祭りムードに包まれていて、駅前広場にもたくさんの市民が集まり、それぞれ楽しそうな表情で準備をしていた。例によって何の催しか皆目分からなかったのだが、「128」という数字がやたら目についたので、おおかた街の誕生から128年目の記念日といったところかと勝手に想像した。
日本に帰って調べてみたら、この日は「街の日」、ユジノサハリンスク市の起源と言うべきウラジミロフカ村開村を記念する日だということだった。そして村が開かれたのは1882年9月11日、つまり128年前のことである。

初日にホテルの前で別れたとき、空港までの迎えが来る時間を聞いていたのだが、12:00だか13:00だか忘れてしまった。しかしもう見たいものは見尽くしてしまったから、早い方の12:00からホテルのロビーで、本を読みながら待った。
初日と同じ迎えの女性は結局13:00にやって来た。空港までは車でおよそ20分ほどで、一見関係者の通用門にしか見えない狭い入口が国際線ロビーの入口だと言われ、やはり狭い待合室で搭乗手続き開始を待った。しかし待てども待てどもお呼びはかからず、不思議に思っていると、同じ便の日本人の団体が「1時間前にならないとチェックインできないから」と言っているのが聞こえた。時刻は14:00、飛行機の出発時間は16:40。それならこんなに早く来なくても良かったのに…と思う。
暇だったので国内線乗り場に行ってみた。モスクワ行きの便がまもなく出るようで、こちらのロビーは人でごった返していた。モスクワまでの直線距離は1万キロ、長い旅である。
待合室にあった小さな売店で小さなマトリョーシカを買い、あとはひたすら待った。するときっかり1時間前に呼び出しがかかり、搭乗手続きが始まった。ぼそりと「Window,please」とリクエストすると、受付の女性は無言で7A、窓際の座席のチケットを寄越してきた。

出国手続きも難なくパスし、その先のロビーで少し待ってから機体へと案内された。サハリン航空151便、新千歳行き。機材はプロペラ機のDHC-8で、ぞろぞろと歩いて飛行機のタラップへと向かう。およそ50人乗りの小さな機体はほぼ満席だったが、週2便でこの程度なのだから、いかに日本とサハリンとの間の人の往来が少ないかを思い知らされる。
機体は定刻に離陸したが、プロペラ機なのでさほど高度は上がらず、地表を良く観察することができた。サハリンの地を初めて踏んだコルサコフの港をすぐに眼下に収め、細長い半島の先端、サハリンの南端が見えてきた。そこから宗谷岬上空までは飛行機のスピードを以ってすればあっという間で、緑のなだらかな丘の上で旗のように風車が回っているのは、間違いなく宗谷丘陵であると一目でわかった。空からでも、これほどリアルに国境を越えたことを感じられるとは!そして大きく蛇行しながら海に注ぐ天塩川、上川盆地の整然とした耕作地…これまで同じ視点の高さでしか感じたことのなかった大地の姿を、まるで手に取って眺めるように俯瞰できた。

やがて着陸態勢に入ったことが告げられ、その大地が次第に大きく、近くなってきた。やがて滑走路に機体のギアが接地する軽い衝撃が伝わり、ゆっくりと減速して着陸が完了した。わずか1時間強だったが、これほど感動したフライトはこれまでにない。そしてそれと同時に、サハリンはこれほどまでに近いことを改めて実感した。
簡単に入国審査を終え、パスポートに「帰国」のスタンプが押される。幾度となく利用している新千歳空港、しかしそれはいつだって目的地であって、「帰って来た」のは初めての経験だ。
飛行機が遅れることも考えて、東京行きへの乗り換えは2時間以上余裕を見ていた。しかし予想に反して?時間通りに到着したので、たっぷりと時間ができた。乗り継ぎ便の搭乗手続きを済ませて大きな荷物を預け、レストラン街の中のラーメン屋に駆け込んだ。キンキンに冷えたサッポロビールで喉を潤すと、すぐに胃の腑にアルコールが沁み渡り、心地の良い酔いが全身に回った。日本のビールは最高だ。

【おわり】

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