そしてまた、北を目指す (3) -東北、北海道ツーリング-

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5時にセットした目覚ましが鳴るのを待たず、4時半に目が覚めた。今日はフェリーの時間が決まっているから、少し頑張って走らなければならない。
大館から小坂を経由して十和田湖に至る県道2号線は、早朝ということもあって交通量はほぼ皆無だった。
小坂までは2009年まで小坂精練小坂線という鉄道が走っていて、2008年最終更新のカーナビには線路がまだ記載されていた。何箇所か、廃線跡の風景を写真に収めて行く。線路などの施設はほぼ存置されているそうで、草生してさえいなければ今にも列車が来そうな感じがある。旅客営業はかなり前に廃止されたのだが、小坂駅は駅舎やホームも健在だった。
小坂から十和田までの道のりは爽快なワインディングロードで、湖畔に向けて一気に駆け上っていく。そしてところどころにある展望台で足を止めながら、湖畔の道を進んでいくのだ。朝早いおかげで観光客の姿もほぼおらず、終始自分のペースで走れた。早起きは三文どころの得ではない。
湖畔を左回りにほぼ半周して、青森方面に向かう国道103号線に入った。この道は清流として名高い奥入瀬渓流に沿って伸びており、車に乗りながらにして渓流美を楽しむことができる素晴らしい道だった。山あり川あり、実に贅沢なコースである。
瑞々しい空気に溢れた樹海を抜け、八甲田山を目指していく。残念ながら峠付近は視界が晴れず、山を見ることはできなかった。
ここでトラブル発生。デジカメの充電ケーブルを間違えたことに気付いた。カメラには端子が2つあり、間違ったケーブルを間違った方に挿したら入ってしまったのが原因だった。まだ先は長いのに、こんなところでデジカメが無用の長物と化すとは…自分のドジとはいえ、失意のあまり呆然とした。ここから先は携帯のカメラを使うしかない。もっとも、後で見たところでは想像以上の画質で撮れていたのでホッとしたのだが。
話を元に戻そう。傘松峠を越えると酸ヶ湯温泉の一軒宿が姿を見せる。ヒバで作られた、巨大な千人風呂が有名で、そして事実圧巻だった。「すかゆ」は「鹿湯(しかゆ)」が転じたものというが、湯には強い酸味があり、当て字であるとすれば秀逸、あるいはそもそも言い得て妙なのではないかと思われた。
次は是非冬に来たいと思った。深い雪に覆われ、さぞかし美しく力強い風貌なことだろう。
一気に山を駆け下り、青森市を目指す。天気はすっかり良くなり、右手に八甲田山がくっきりと眺められた。
市内で家電量販店を見つけた。早速バッテリーの在庫を確認するが、取り寄せになってしまうという。そして私は札幌の量販店に電話をかけた。この先で入手できる場所があるとしたら、札幌しかあるまいと考えたからだ。幸い在庫が少しあり、万全を期して取り置きを頼んだ。これでとりあえずカメラ復活の目途が立った。
さて青森、ようやくここまで来た。あとは北海道まで一息だが、その前に下北半島に上陸したいと思っていた。そして今日はねぶた祭りの前夜祭の日でもあった。更に津軽半島も魅力的だが、時間的に全てを回るのは厳しいだろうか、どう優先順位をつけようか…考えが移ろう。
とりあえず下北半島に向かうことにした。国道4号を、今度は青森から上っていく。途中の浅虫温泉では花火大会があるとのことで、沿道はすっかりお祭りムードに包まれていた。
半島の付け根、野辺地から国道279号線が伸びている。途中まで自動車専用道もあるが、海沿いギリギリを走る一般道の方が景色はいいことだろう。途中横浜町内で給油した。今回は15.4km/l、かなり上がった。
下北半島は奥に深い。下北半島の中心、むつ市までは比較的すんなり来たのだが、そこから先へは距離がかなりある。脇野沢から蟹田へフェリーで陸奥湾を渡り、青森で前夜祭に参加するというプランがあったのだが、大間崎や温泉を全部スキップしてもなお到底無理だと悟る。とはいえ今来た道のりを引き返すのは、あまりに退屈で気乗りしなかった。結局、青森に戻らず大間から函館に渡ることを選んだ。次に来るときは、下北半島だけで1日確保せねばなるまい。
これで少し時間ができたので、下風呂温泉に立ち寄った。津軽海峡に面した漁師町といった風情だが、丘側に小さな旅館街と、大湯・新湯という2つの公衆浴場がある。あいにく大湯は定休日で、新湯の方に入った。銭湯のような趣の温泉だった。平日の昼下がりにひと風呂を楽しんでいた地元の人々は、一日の仕事を終えた漁師さんたちだろうか。
もう一つ、ここにはかつて、大間を目指しながら未成に終わった鉄道の遺構が残っている。もし鉄道が敷かれていたなら、ここに下風呂温泉駅ができていたに違いない。集落を見下ろすように造られた立派なアーチ橋は、その幻が幻でなかったことを後々に語り継いでいくはずだ。
そして本州最北端、大間までやって来た。海峡を隔ててすぐ、そこに北の大地がある。
大間には一度訪れたことがある。学生時代にも車で北海道一周を企て、大間から函館へ船で渡ったのだが、そのときもあまりの奥深さに時間が足りなくなってしまい、感傷にふける間もないまま船に乗り込んだのだった。
今回は多少時間に余裕があったから、本州最北端の碑をゆっくりを眺め、それからマグロ丼を食べた。あまりの身の大きさにしばし唖然とし、そしてたまらず食らいつく。もちろん美味かった。
大間を16:10に出航する函館行きフェリーの乗船手続きをする。運航会社と塗装こそ変わったものの、前回と同じ「ばあゆ」であった。しかし運賃はかなり上がった。近年のフェリー業界を取り巻く状況の厳しさを感じずにはいられない。
函館まではわずか2時間弱の船旅。すぐに北海道の輪郭、そして函館の街が見えてきた。船上、今日は函館に泊まろうと宿探しを始めると、2軒目の東横イン函館大門で部屋を確保できた。今日は函館港まつりの初日で、混雑を予想していたから、早々と宿を押さえられたのは運がいい。
やがて着岸が完了した。いよいよ、北海道上陸だ。
宿は函館駅付近の便利なところにあったが、市内の交通規制や混雑のおかげで多少時間を要した。
プログラムによれば、今日は港で花火大会があるらしい。それに合わせて宿を出ると、駅前は平日夜にも関わらず、祭りを楽しむ人々でごった返していた。函館には何度か訪れているが、これほどこの場所が賑わったことは記憶にない。人口減少に中心市街地の衰退と、多くの地方都市が抱えているのと同じ問題にこの街も直面していると想像するが、人々はいるところにいて、集まればこれほどの活気を呈する。まだこの街には元気と可能性があるということだろうと思う。
市電だけでは参加客を捌き切れず、同じルートを臨時バスが走っていた。電停には電車を待つ列ができていたので、バスに乗って湯の川温泉に向かう。
函館の奥座敷として多くの旅館が立ち並ぶ湯の川だが、ここにも公衆浴場がいくつかあり、その中の「永寿湯」を訪れた。一見普通の銭湯だが、ここは湯の熱さで有名だという。浴室内には3種類の浴槽があり、右から「低温」「中温」「■■」(←黒く潰れていた)とあった。「■■」が何を示しているのか…推して知るべしである。しかしここで引く自分ではない。
入念に身体を洗いながら覚悟を決め、「■■」にエイヤと入り込んだ刹那、堪らず飛び上がった。思わず声が出、冷水を探してのたうち回る。何もかも想像を超えていた。無知とは恐ろしい。蛮勇と無謀を履き違えてはいけない。
こうして大人しく「低温」の浴槽に浸かった。…低温でも十分熱いではないか!
市電・バスともに終わっており、タクシーで帰った。寝るまで下半身の痺れが取れなかった。

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