そしてまた、北を目指す (6) -東北、北海道ツーリング-

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肌寒いのと、東から差し込んできた朝日で目が覚めた。時刻は4:30。
既に身支度を整え、駐車場を出ていく車も何台かあった。かくいう私も、せっかく早く起きたのだからと車のキーを回した。寒さのあまり、しばらくは暖房が必要だった。
北見方面へ向かう国道39号線を走り、上川町を過ぎるとまもなく層雲峡である。沿道には石狩川の源流や渓谷の断崖が望め、朝の澄んだ空気と相まって瑞々しい雰囲気だった。しかし思えば、この道は6年前にも走ったにも関わらず、あのときにはほとんど印象に残らなかった。とにかく走ることが楽しくて、前を向いてしか走っていなかったから、沿道の景色にはさして注意を払わなかったのだと思う。例え同じ場所でも、時間を置いて訪れれば違う視点や感覚でものが見えるものだ。
大雪湖で帯広方面、国道273号線へと入り、道内最高地点にして上川・北見・十勝の国境に位置する三国峠に挑む。十勝側の景色が素晴らしく、深い樹海の上空に道が大きな弧を描いて伸びているのだ。
十勝側へ峠を越えてまもない、上士幌の三股という地域までは、帯広から士幌線という鉄道が伸びていた。その遺構は随所に残っていて、そのいくつかは沿道からでもその姿を良く観察することができた。
その先の糠平に鉄道記念館があり、士幌線に関する展示を見ることができる。それによれば、最盛期の三股には1,500人程度の人が住んでいたという。今で言えば道内の村1つくらいに相当する人口だ。これまで走って来た山奥のどこにそんな痕跡があっただろうか…と訝しんでしまうほどに、今の三股はほぼ完全なる無人地帯と化している。
話は前後するが、糠平を訪れた最大の目的は温泉に入ることだ。国道沿いの案内板には「ぬかびら源泉郷」と書かれていた。『温泉郷』ではなく『源泉郷』とは?否が応にも期待は高まった。
糠平の温泉街に入って1軒目の旅館「湯元館」を訪ねた。「ずいぶん早いですね、貸切ですよ」と言われて案内されたのは、沢に面した崖の上に作られた野趣溢れる露天風呂だった。水がせせらぐ音と、朝のいくぶん涼しい空気が心地良く、夏が合う温泉だと思った。
山を下りると十勝平野、上士幌の中心街である。
ナイタイ高原に車を進めた。駐車場へ至る道は丘陵地帯に敷かれた、さながらジェットコースターのようなワインディングロードで、走るのも楽しい。そして頂上の展望台からは十勝平野を一望することができた。牧草地に畑と、いろいろな色の土地が広がっていて、同じ丘陵地帯でも、原野の単色に彩られた宗谷のそれとは趣が全く異なる。そしてそれを見ると、十勝平野が日本の食卓を支えているという事実を実感する。
このあとは帯広に出て豚丼でも…と思ったのだが、札幌に在職している高校時代の友人が、SNSで富良野にいることを知った。すぐに友人に電話し、富良野に向かうことにした。
国道274号線と道道とで新得に出、狩勝峠を越える。大きなRを描きながらも急坂を駈け上る、険しさを感じられるダイナミックな峠越えで、サミットからは広大な十勝平野を一望する。「石『狩』」と「十『勝 』」の境界である一方で、「『狩り』に『勝つ』」という開拓者精神に溢れた名前であるとも受け取れる。大好きな地名の一つだ。
富良野へと歩を急いだ。当たり前のことだが、北海道は広い。ペースも速いとはいえ、それ以上に距離があって、思った以上に時間を要してしまう。これまでの経験で距離感を掴んだつもりが、それが本当に思い込みだったと知る。
ラベンダーで有名なファーム富田の敷地内で友人と合流した。彼は彼で連れがいたらしいが、私に合わせて予定を変更してくれたらしい。しかもここから苫小牧まで同行してくれるという。
ルートはいくつか案があったが、行ったことのない場所を走りたいことにこだわった私は国道237号線で占冠、日高、そして富川に出る全一般道ルートを選んだ。
フェリーの出航時間が迫っていたこともあって、先に進むことに精一杯で寄り道をすることすらままならなかったし、周囲の景色もあまり印象に残らなかった。しかしその代わりと言っては難だが、滅多に会えない彼とは話が尽きなかった。それはそれでいい。
国道と県道とで太平洋側に出、無料の日高道で一気に苫小牧を目指した。だんだんと天気が悪くなってきて、時折猛烈な雨がフロントガラスを叩いてはすぐに止みを何度か繰り返した。
無料区間終端の沼ノ端西インターで高速を降り、苫小牧市街、そして港の方へ車を走らせる。友人の提案で、国道沿いの回転寿司屋に入ることにした。回転寿司に凝っているらしく、いろいろな店に行っているという。案内されたのは「旬楽」という国道沿いのチェーン店だった。美味いか不味いかと言われたら美味い方なのだが、少なくとも、手当たり次第に美食を貪ったこの旅の最中、チェーンのロードサイドショップではもはや満足できなかった。
そこから苫小牧港のフェリーターミナルまではもうすぐで、ギリギリに到着してしまったため、もう既に車両の積み込みが始まろうかという状態だった。急いで乗船手続きを済ませ、積み込みの順番を待つ。
列車で札幌へ帰る友人とはここで別れた。次に会うのはロシアから帰ってからだねという自分の言葉に、つい一抹の寂しさを感じてしまった。
仙台経由名古屋行きのフェリー「いしかり」は、今年3月に就航したばかりだと友人に聞いて初めて知った。いつ東京に帰るのか分からない道中、そんな船を予約したのは全くの偶然だったのだが、新造船と聞いてテンションは上がる一方だった。
車高が低いという理由で、船積みは最後の最後まで待つことになった。そして油臭い車両甲板からキャビンに上がると、そこは南国のリゾートホテルを彷彿とさせた。船という極めて限られた、ともすれば無機的になりがちな空間も、工夫と意欲次第でここまで彩れるものなのだと思った。
そんな興奮をとりあえず抑えて、自分の寝床を確認しようと思う。私が予約したのはS寝台で、最初は2等の雑魚寝を希望していたのだが、前日夜に予約を試みたとき、空きがなかったのだ。しかし券面の場所は個室感覚で寛げるベッドで、+\4,000の価値は十二分にあった。
乗船順が最後になったおかげで、早々に船は動き出していた。慌ててデッキに登った。港が徐々に遠ざかっていく。天気が悪かったのは残念だったが、しっかり目に焼き付けようと思った。渡道はかれこれ十数回を数え、いい加減もう見尽くしただろうと思っていた。しかしそれは間違いだった。未だ知らない北海道がたくさんあった。愛すべき北の大地、探索はまだしばらく終わりそうにない。
「また来るよ」―そう呟いた。

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